設けた頃のことでした。女学校出身でパン屋をしているということが二、三の新聞で紹介され、その記事に刺激され、東京はもとより地方の婦人たちから種々問合わせがあり、私はいちいち返事を書く暇もないので困っていました。そのうち山陰地方の○○○という小さな町の娘さんから手紙で、ぜひ店において商売を見習わしてくれと懇願して来ました。私どもも慎重に考えて、容易く引き受ける気はなかったのですが、あまりたび重なり余程熱心のようでしたし、その婦人がこちらのおとくいの親戚に当るということが判って見ると、どうもお断りしかねてついに承諾してしまいました。
 早速上京して私をたずねて来た本人を見ると少し意外でした。どうも商売見習いは口実で、他に何か曰くがあるらしく、果たして入店早々私の予感の間違いないことを示す行動がありました。それは医科大学生と称する従兄が同じく上京していて、その交渉が頻繁なところから店員たちの注目を惹き、ついに店員との間にも忌わしい問題を惹起したのです。まことに店としては由々しき大事で、やむを得ず退店してもらいましたが、母なる人が心配して引取りのため上京されたのに会って、初めて事情が判りました。
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