つ如来として祀《まつ》ってよい人だと思いました。
お竹如来のことはその後も忘れませんでしたが、芝増上寺の末寺飯倉赤羽橋の心光院に今なお祀《まつ》られていることを最近に知り、それがまた故渡辺海旭先生と深い因縁のあることも分って、いまさらのように仏縁の尊さをしみじみと思うのであります。昔私が母から聞かされたように、あなた方もこの話をよく聞いておいて下さい。お竹如来の由来にはこう書いてあります。
お竹大日如来流し板
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慶長年間、江戸伝馬町佐久間某の婢に竹といふ慈悲仏性の女あり。台所の流しもとに布を張り、流るる飯粒を防ぎて己が食となし、己の食を乞食に与ふ。遂に生身の大日如来と化生し、流し板より光明を発したりと。霊像並びに流し板は今東京市麻布飯倉町赤羽心光院にまつる。
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末世まで光る後光のさした下女 (江戸時代川柳)
雀子やお竹如来の流しもと 一茶
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今でも何ともいえぬ温さをもって思い出されるのは、おはつさんが、私の使い古したものを喜んで受けてくれて、幾年でも大切に保存し、その季節になるとちゃんと取り出して
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