に、雇われることの嫌いな人間が、妙なことで至って不面目な給金取りの経験をした。それは札幌市内の桑園という土地で、信州出身の金子氏の家に客となっているうち、北海炭鉱会社の社長が、大邸宅を営造するに際し、大木を他から移植するために、三十人の臨時雇いを金子氏が頼まれた。ところがその人夫は二十九人まで出来て、あともう一人が急のことで間に合わない。そこで金子氏が折入っての頼みで、私はそこへ顔だけ出すことになった。むろん何の役にも立ちはしない。大木の後に取りついて、大勢と一緒にヤーと掛け声をするだけで、日給三十銭也の分配に預ったのである。当時札幌では手不足のため、どんな無能の者でも顔さえ出せば三十銭から三十五銭の手当をもらえたもので、この臨時雇いを出面取りといっていた。すなわち面さえ出せばよかったのである。当時の三十銭は今日の二円くらいに当る。とにかく六十九歳の今日までに、私が人から給金をもらったのは、後にも前にもこの時の三十銭限りである。
郷里に帰って私は養蚕の研究をした。当時生糸の海外取引は非常な勢いで、年々増加するばかりであった。したがって養蚕は盛んで、これまで下々の下国といわれた信州も
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