で、それをよく借りて読んだ。「佳人の奇遇」「雪中梅」「経国美談」等、おもに政治小説であった。
同時代に在学した人では、金子馬治、津田左右吉、塩沢昌貞の諸博士および木下尚江、田川大吉郎、坪谷善四郎、森弁次郎の諸氏がある。また宮崎湖處子、安江稲次郎、宮井章景、三原武人の四人は特に兄弟のように親しくしたが、惜しいかな今はことごとく故人となった。
しかし当時、私に最も大きな影響を与えたのは、学校よりも教会であった。私は早稲田に入ると、その十七歳の夏頃から友人に誘われて、牛込市ヶ谷の牛込教会へ行くようになった。十三歳の春に始まった私の寄宿舎ないし下宿屋生活はまことに殺風景で、いま思えば私はこの間にかなり人間としての自分を枯らしたように思うが、その反対に教会ではうるおいゆたかな雰囲気に浸ることが出来た。日曜日の午前十時から礼拝説教、それから教友らとパンの昼食を済まし、また午後の種々の集まりに出席するのであったが、ここでは年長者は父母の如く、あるいは兄姉の如く、若き者は弟妹の如くで、じつに和気|靄々《あいあい》たるものがあった。私は宮崎湖處子、金子馬治、野々村戒三等の早稲田派は申すまでもないが、
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