妙な点があり、古い店ではこの消息が自然に体得されており、目立たぬところに完全な備えが出来ていて、一つのいわゆる福相となって潜在するのである。ところがそういう店でもいよいよ改造という段になると、当然近代の新様式を取り入れるため、長い間に調うていた呼吸が破れ、たとえば地下室を造る必要上、床が路面より高くなって入りにくい構えになるなど、その他種々思わしからぬ個所が出来て、外見は立派になりながら人好きのせぬ店になり、一つには店内あまりに整然として広さが目立ち、お客の姿が急にまばらに見えるなど、改造とともに一頓挫を来たした形になる例が多く、しかもいったん改造し拡張してしまったものは、もう取返しがつかぬのである。
 さてこう述べてくると私の改築反対は著しく消極論のように聞え、諸君の盛んな意気に反する感があるかも知れぬが、私は決して消極的でも何でもなく、どこまでも内容の積極性を失わざらんがために、勢いにまかせて外形だおれに陥ることを避け、大いに自戒するのである。
 再び例をもっていえば、繩のれんの一杯茶屋の繁昌はどこまでも繩のれんの格においてのみ保たれるのであって、長年労働者を得意として発展した店が
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