負担が重くなれば、それはただちに商品に影響し、したがって店は下り坂となるであろう。すなわち改築の要迫るといわれる中村屋は、いまこの自戒すべき時に立っているのである。
顧みれば三十七年間、我が中村屋の過去いろいろの時代について、売上げと家賃の大略をあげてみると、本郷時代の中村屋は間口三間半で家賃十三円であった。それで売上げは店売およそ八円で、配達と卸売りで五円、合計十三円でちょうど家賃と同格、新宿移転時は間口四間で家賃二十八円、売上げは一日二十五円ないし三十円であった。
新宿移転後一年で現在の場所に移り、初めて自分の家を持ったが、間口五間、奥行二間半(十二坪半)、同時に日本菓子の製造を始めたので、売上げは一躍して七十円に上った。しかしこれまでの家賃に代るに地代十六円、建築費やその他の利子、家屋税、保険料を合算してやはり七十円ぐらいであった。
ここでは初め売上げに比して店が少々広すぎるぐらいであったが、その後売上げが漸次増加して甚だ手狭を感じるようになって、改めて奥行を三間半に拡張したが、店はいよいよ忙しくなって、拡げた所もじきに狭くなり、事情に応じて半間あるいは一間と奥行を延ばして
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