ールというのは現在の喫茶店をもっと簡単に原始的にしたもので、ミルクと食パン、それに低級な洋菓子風のものをおいて牛乳を提供し、おもに学生の便利を計ったものです。
 路加はそのミルク・ホールの女中と心安くなり関係して悪質の病毒を受け、一夜のうちに風眼にかかり、酷い痛みに苦しみました。主人の注意で取りあえず医者の診察を受けたところ、風眼と判り、すぐに手当をして間髪を入れずという危いところで失明を免れました。私は可憐な少年たちがこうした誘惑に陥り、健やかに清らかな生命を蝕ばまれるのを見せつけられてじつに悲しく、またそれらの少年をよく指導してやるべき主婦の身でいながらこんなに行きとどかないで、ほんとうに申し訳なく思いました。性の問題にはことに厳粛な思想を抱いている私は、それがためかえって実際に疎いところがあっていわゆる性教育に関して全然無知識でしたが、お互いにこの状態にいることのいかに危険であるかを痛感させられました。幸い路加少年は早く手当がとどいたので危いところで助かりました。もし当人が秘密にして姑息な方法で治そうとしていたら、可哀想に一生を暗闇《やみ》に葬らなくてはならないのでした。恐しいことです。

    浅野さんの懺悔

 浅野民次郎のことは「黙移」の中に詳しく書きましたから、ここでは最も尊い懺悔の一節だけを記すことにします。
 浅野さんは救世軍の兵士として、中村屋から毎晩行軍(街頭説教)に出かけました。当時救世軍はまだ甚だしい経済難のうちにあって、給与があまり僅少なためにたいていおかずを食べることが出来ず、塩など舐めて済ます有様でしたから、浅野さんは店で食事をするだけでも倖せだなどと言っていました。中村屋とてもその頃は充分な手当を支給出来なかったから、ずいぶん不自由な思いをさせたことでしょう。
 ある晩私たちは店を閉じてから例の三畳の間で帳面調べをしていましたが、そこへ浅野さんが入って来て、何か用事ありげにもじもじしています。そのうちに頭を膝まで下げ、低くてききとれないような声でこういいました。『国へ手紙を出そうとすると切手を買うお金がなかったので、悪いとは思いながら店の売上げから十銭無断で使いました。まことに申し訳ありません、お許し下さい』そして畳に頭をこすりつけて詫び入るのでした。
 これを聞いた私たちは叱るどころか、正直なその告白に非常に感激してしまって、『
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