時代の商業の理想は大いに教養ある人々によって行われねばならないのである。したがって少年店員諸君も、商売の実地修業とともに、高尚な知識に対しても敏感に、絶えず自己の向上を計るべきは無論である。
さて入店後の給与および待遇については、諸君のすでに経験するところであるが、一通り順を追うて記して見ると、入店後徴兵検査までの約六年間を少年級として、少年寄宿舎に入れ、衣類医療等いっさいを主人持ちとして、小遣いは初め月に十四、五円(給与いっさいにて)、漸次増して三十円以上となる。この六年間は月々給与の約三分の一を本人に渡し、他の三分の二を主人が代って貯蓄銀行に預けておく。
二十二歳になれば少年寄宿舎を出て、青年寄宿舎に入る。同時に衣類は自弁することとなり、給与は四十四、五円から漸次七十円に至る。衣類を自弁するため、月々給与の約半額を本人に渡し、残り半分を主人が代って貯金しておく。賄《まかな》いはいうまでもなく店持ちである。青年級は二十七歳で終る。
二十八歳からはそれぞれ妻帯を許し、寄宿舎を出て一家を構える。俸給は月々全部を渡し、主人はもう預からない。
家持店員の給与は七十五円ないし二百円であるが、一家を構えてみると今までの寄宿舎生活と違い、すべてが複雑になって来て、それぞれの事情により生活の難易が岐《わか》れて来る。もちろん中村屋で少年期から青年期を実直に働き、無用の散財をしなかった者はこの時分には相当の貯金が出来ているから、それを持って退店し、新たに自分の仕事を始めることが最も望ましいのであるが、引きつづき中村屋で働きたいと望む者には、なるべくその希望に添うことを方針としている。
自分はいろいろ経営の合理化を研究して、店員全体の生活を裕《ゆた》かにするようにと努めているが、これでよしと安心の出来るにはまだまだ前途遼遠である。だいたい私が諸君に対する待遇の根幹とするところを述べて見ると、
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一、店員はことごとく我らと一家族にして、また各々立派な紳士として、事業に参加するものであるから、我らはこれに対する感謝とともに、店主としてまた一家の家長として、常に一同の幸福増進を計るべきこと。
二、店員並びにその家族全体に生活の不安を与えてはならないこと。
三、店員中には夫婦共に働いて余裕の持てる家庭もあるが、子供が多く、また老人を抱えて倍
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