と打明けむは、いかに叔父甥の間柄とはいへ、夫の恥辱《はぢ》となる事と思へばそれもいはれず。ただ責めを己れ一身に帰して、
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なるほど承つてみますれば、そんなものでござりまするか存じませぬが、何分にも今晩のうちの人の立腹は尋常《ひととほり》の事ではござりませぬ。決して決して喧嘩といふではございませぬ、何事も不調法なる私うちの人の立腹も無理はござりませぬが、それはどこまでも私があやまりますさかい、どうぞ叔父さん御慈悲に御挨拶下されまして。
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と声を顫わせ頼むけしき、容易の事とも思はれねば、叔父もやうやく納得して、
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それでは私が送つてやろ、おおもう十二時は過ぎたのや。家で一晩位泊めてもよいのやけど、なんぼ甥の嫁でも人の女房、断りなしに泊めても悪かろ、そんなら今から。
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煙草入腰に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して立上るに、お糸もやうやく力を得て、どうぞこれで済めばよいがと、危ぶみながら随ひ行きぬ。
さて叔父のおとなひに、一も二もなく門の戸は開かれたれど、さぞ叔父様のお骨の折れる事であろと、お糸は我が家ながら閾《しきゐ》も高くおづおづと伯父の背後《うしろ》に隠れゐたるに、案じるよりは生むが易く、庄太郎は前刻《せんこく》の気色どこへやら、身に覚えなきもののやうなる顔付にて、
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これはこれは伯父様どうも夜中に恐れ入りまする、お糸のあはうめ[#「あはうめ」に傍点]が正直に、あんたとこまで行きましたか。ほんまに仕方のない奴でござりまする。ほんの一と口叱つただけの事で。
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一言を労するにも及ばぬ仕儀に、叔父はそれ見た事かといはぬばかり、お糸の方を顧みて苦き笑ひを含みながら、
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おおかたそんな事やろと思うたのやけど、お糸が泣いて頼むものやさかい、よんどころなくついて来たのじや。――がマア痴話もよい加減にして人にまで相伴させぬがよい。
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日頃庄太郎の仕向けを、快からず思へるままに、少しは冷評をも加へて、苦々しげに立去りぬ。跡にはお糸叔父の手前は面目なけれど、まづ夫の機嫌思ひの外なりしを何よりの事と喜びしに、これはただ叔父の手前時の間の変相なりしと見え
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