百までには、まだ六十年からの御余裕のある事とて、なかなかの御出精。女といへば醜美に拘らず、ざら撫での性悪を御存じの上でお乗込みありし、奥様もまた曰くつき。そんな顔は少しもなさらねど、三二年前までは、水谷町辺で母娘二人のしがない[#「しがない」に傍点]暮し。味噌漉下げてお使ひ歩行の途中とは、それは人の悪口なるべけれど、どこやらにて、当時幅利きの旦那様に見初められたまひしが、釣合はぬ御縁の緒《いとぐち》。人橋かけての御申込みにも、うかとは乗らぬ女親の細かい采配。萌え出る春に逢はせまするは嬉しけれど、かれかれにならせたまはむ、秋の末が気遣はれましてと。いやではなきお断りの奥の手は、一生見捨てぬといふ誓文沙汰。万一にも浮気らしい事した節には、何時離縁をいひ出らるるとも、一言も申すまじ。またその節には違約金として、幾千の金を差出すべし。もちろん母御の一生は、当方にて引受ける筈、そには月にいくばくの手当と。注文通りの一札を、まんまと首尾よく請取つたる上、やつとの事でお輿入ありしといふ、金箔付きの恋女房様。さすがは多くの女ども、見飽きたまひし旦那の御|鑑識《めがね》ほどありてと、御|容貌《きりやう》
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