たらむには、かへつて彼女の、憂いを添ふるの、種子とならむも知るべからず。さらば予はむしろ、予が親友の中《うち》につきて、もつとも性情の優しき人を選み。しかして彼女を、慰むるの友とならしむべきか。否々これも覚束《おぼつか》なし。たとひその性質は、いかに、優しくとも。彼女を熱愛せざる者にてはとうてい彼女の心を、和らぐることあたはざるべし。ああ予は彼女に、高潔なる愛情を有する点においては、恐らく予に及ぶ者なかるべしと、自らも信ずれど、ただ予が元来武骨者にして、その方法を知らざるに苦しむなり、予が数日来の懊悩煩悶は、即ちこれに外ならず。なほ一言すれば、予は彼女をば。失望の中に救ひて、多望円満の人とならしめずんば、とうてい心を。安んずることあたはざるなり。この点より思へば、予はむしろ、予が恋愛の、かの人において、成就すると、否とを問はず。誰人にてもあれ、予よりも数等優れる人が出で来りて。予の如くに、彼女を愛しくれ、しかして彼女をして、恋愛を感ずるの、幸福なる人とならしめ得なむには。予は予なるこの一肉塊が、彼女の前に、無益なる供へ物となりて、いたづらに滅尽し去ることあらむも、予は少しも、遺憾とは思はざるなり。むしろ彼女の為に、これを冀《こひねが》ふの、至当なるを信ずるなり。(『女学雑誌』一八九二年一〇月一五日)
底本:「紫琴全集 全一巻」草土文化
1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
初出:「女学雑誌」
1892(明治25)年10月15日
※底本では、文末の日付に添えて『女学雑誌』を示す記号として「*」を用いていますが、『女学雑誌』に直しました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2004年9月20日作成
2005年11月5日修正
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