霧消す。これそもそも何の理由なるや、予その所以を知らざるなり。かつて聞く、昔泰西の学者の間に行なはれたる説に、知識の石(ストーン、オフ、ウイスドム)または、聖哲の石(フイロソフアース、ストーン)てふ宝石ありて、この宝石は、鉛を銀にし、銅を金にし、またよく不老不死の、仙薬を製し得るの、怪力ありとて、遂にその石の探求に、終生を擲《なげう》ちたるの学者もありきと、もし彼女は、これら宝石の類にはあらざるか。予は深くこれを疑ふ。しかれどもかの宝石の説は、ただこれ学説上の、妄想迷信より出でたるものにして、一人《いちにん》もこれを発見したるものなかりしといへば。今日かくの如きもののあるべき筈はなし。さらばいよいよ彼女の怪力は、不可思議なり。彼が予の特性を奪ひ、予の本質を変じたるの事実は、昭々として数日以来予の眼に映ずるところ予は実にその原因を、講究せざるべからざるなり。よつて予は先づ彼女と始めて、相見たりし時に遡《さかのぼ》りて、それより、順序を追ふて、考ふべし。予が最初彼女と、友人の宅において出会ひし時は、わづかに一二語を交へたりしのみ。別段親密に、談話をなせしといふにはあらざりしかど、彼女が非凡の資質は、どことなく顕はれ、予は先づこれに対して、敬といふ念起こりたり。しかして平素種々の関係よりして。婦人を土芥視し、もしくは、悪魔視しいたりし予は、彼女の前に、いと小さきものと、なりたるが如き心地し。処女の如く、謹んでうづくまりいたりき。この時よりして、予は実に、一般婦人に対する考へもまた大ひに変わり旧時の予の考へは、大ひに誤れるものなりしことを悟りたるが。それにしても、彼女の資質、少しく異様なるやうに思はれ。一層深く、これを探究したしとの念起こりたり。ここにおいてか、事に托して友人に乞ひ。なほ一二回彼女に接見したり。その間言一言を交へ、語一語を加ふるに及んで。予が最初の、探究の念はもちろん。予が本質さへ、全くいづれへか消え失せて、予はかへつて予が全心を、彼女の前に捧ぐるものとは、なりしなり。他に何の事情も。何の関係もあることなし。思ふにこれぞ世にいはゆる恋なるか。ああ恋なりああ恋なり恋に相違なし。予は確かに恋をなせるなり。テモ不思議、偏屈予の如きものも、遂に恋をなすの時機に、遭逢したるか。さても恋なり、恋としても、彼女は、実に不可思議の力を有するなり。さらば、その恋の原因は、なん
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