「わたしは自分を冷静にしていなければならない立場にあるもので、化け物や怪物をなぶり廻してはいられませんよ」
「あなたは化け物の仕業《しわざ》だと本当に信じていられるのですか」と、僕はやや軽蔑的な口ぶりで聞きただした。
 こうは言ったものの、ゆうべ自分の心に起こったあの超自然的な恐怖観念を僕はふと思い出したのである。船医は急に僕の方へ向き直った。
「あなたはこれらの出来事を化け物の仕業《しわざ》でないという、たしかな説明がお出来になりますか」と、彼は反駁《はんばく》してきた。「むろん、お出来にはなりますまい。よろしい。それだからあなたはたしかな説明を得ようというのだとおっしゃるのでしょう。しかし、あなたには得られますまい。その理由は簡単です。化け物の仕業という以外には説明の仕様《しよう》がないからです」
「あなたは科学者ではありませんか。そのあなたが私にこの出来事の解釈がお出来にならんと言うのですか」と、今度は僕が一矢をむくいた。
「いや、出来ます」と、船医は言葉に力を入れて言った。「しかし他の解釈が出来るくらいならば、私だって何も化け物の仕業だなどとは言いません」
 僕はもうひと晩でもあの百五号の船室にたった一人でいるのは嫌であったが、それでも、どうかしてこの心にかかる事件の解決をつけようと決心した。おそらく世界じゅうのどこを捜《さが》しても、あんな心持ちの悪いふた晩を過ごしたのち、なおたった一人であの部屋に寝ようという人がたくさんあるはずはない。しかも僕は自分と一緒に寝ずの番をしようという相棒を得られずとも、ひとりでそれを断行しようと意を決したのである。
 船医は明らかに、こういう実験には興味がなさそうであった。彼は自分は医者であるから、船中で起こったいかなる事件にでも、常に冷静でなければならないと言っていた。彼は何事によらず、判断に迷うということが出来ないのである。おそらくこの事件についても、彼の判断は正しいかもしれないが、彼が何事にも冷静でなければならないという職務上の警戒は、その性癖から生じたのではないかと、僕には思われた。それから、僕が誰か他に力を藉《か》してくれる人はあるまいかとたずねると、船医は、この船のなかに僕の探究に参加しようという人間は一人もないと答えたので、ふた言三言話した後《のち》に彼と別れた。
 それから少し後に、僕は船長に逢った。話をした上で、もし自分と一緒にあの部屋で寝ずの番をする勇者がなかったらば、自分ひとりで決行するつもりであるから、一夜じゅうそこに灯をつけておくことを許可してもらいたいと申し込むと、「まあ、お待ちなさい」と、船長は言った。
「私の考えを、あなたにお話し申しましょう。実は私もあなたと一緒に寝ずの番をして、どういうことが起こるかを調べてみようと思うのです。私はきっとわれわれのあいだに何事をか発見するだろうと確信しています。ひょっとすると、この船中にこっそりと潜《ひそ》んでいて、船客を嚇《おど》かしておいて何かの物品を盗もうとする奴がいないとも限りません。したがって、あの寝台の構造のうちに、怪しい機関《からくり》が仕掛けてあるかもしれませんからね」
 船長が僕と一緒に寝ずの番をするという申しいでがなかったらば、彼のいう盗人《ぬすびと》一件などはむろん一笑に付《ふ》してしまったのであるが、なにしろ船長の申しいでが非常に嬉しかったので、それでは船の大工を連れて行って、部屋を調べさせましょうと、僕は自分から言い出した。そこで、船長はすぐに大工を呼び寄せ、僕の部屋を隈なく調べるように命じて、僕らも共に百五号の船室へ行った。
 僕らは上の寝台の夜具をみんな引っ張り出して、どこかに取り外しの出来るようになっている板か、あるいはあけたての出来るような鏡板でもありはしまいかと、寝台はもちろん、家具類や床板をたたいてみたり、下の寝台の金具をはずしたりして、もう部屋のなかに調べない所はないというまでに調査したが、結局なんの異状もないので、またもとの通りに直しておいた。僕らがその跡始末をしてしまったところへ、ロバートが戸口へ来て窺った。
「いかがです、何か見つかりましたか」と、彼はしいてにやにやと笑いながら言った。
「ロバート、窓の一件ではおまえのほうが勝ったよ」と、僕は彼に約束の金貨をあたえた。
 大工は黙って、手ぎわよく僕の指図通りに働いていたが、仕事が終わるとこう言った。
「わっしはただのつまらねえ人間でござんすが、悪いことは申しませんから、あなたの荷物をすっかり外へお出しになって、この船室の戸へ四インチ釘を五、六本たたっ込んで、釘付けにしておしまいなさるほうがよろしゅうござんすぜ。そうすれば、もうこの船室から悪い噂も立たなくなってしまいます。わっしの知っているだけでも、四度の航海のうちに、この部
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