かに、望んでいた……と。
筆者は、右の事情を前書きすることに依って、この「娘道成寺殺人事件」の紹介を終り、姓名不詳の作者が希望していたであろう通りに、その全文を探偵小説愛好者諸氏の御批判に捧げる。
|○|[#「|○|」は縦中横]
わたくしが、あの興行を、河原崎座《かわらざきざ》へ見物に参りましたのは、もとより、歌舞伎芝居が好きであり、
[#ここから2字下げ]
瀬川菊之丞《せがわきくのじょう》
芳澤《よしざわ》いろは
嵐雛助《あらしひなすけ》
瀬川吉次《せがわきちじ》
名見崎東三郎《なみざきとうざぶろう》
岩井半四郎《いわいはんしろう》
[#ここで字下げ終わり]
と申しますように、ずらりと並んだ、江戸名代役者のお芝居を、のがしたくはなかったからに相違ございませんが、それにいたしましても、中幕《なかまく》狂言の京鹿子娘道成寺――あの地《じ》をなさいました、お師匠の三味線を、舞台にお聞きしたいからでもございました。何分にも、あの興行は序幕が「今様四季三番叟《いまようしきさんばそう》」通称「さらし三番叟」というもので、岩井半四郎《やまとや》が二の宮の役で勤めますのと、一番目には、[#ここから割り注]いせ[#改行]みやげ[#ここで割り注終わり]川崎踊拍子《かわさきおんど》、二番目狂言には、「恋桜反魂香《こいざくらはんごんこう》」――つまり、お七《しち》が、吉三《きちざ》の絵姿を※[#「火+主」、第3水準1−87−40]《た》くと、煙の中に吉三が姿を現わして、所作になる――という、あの「傾城浅間嶽《けいせいあさまだけ》」を翻あんしたもの――そして、つづく大切《おおぎり》が「京鹿子娘道成寺」で、役割は、白拍子《しらびょうし》に岩井半四郎、ワキ僧が尾上梅三郎《おのえうめさぶろう》に、瀬川吉次、長唄は松島三郎治《まつしまさぶろうじ》、坂田兵一郎《さかだへいいちろう》、三味線は、お師匠の杵屋新次《きねやしんじ》さまに、お弟子の新三郎《しんさぶろう》、その他の方々、お囃子《はやし》連中は藤島社中の方々――と、こういったあんばいで、どの幕も、凝りにこった出し物――どれに優劣をつけると申す訳にも参らないほどでございました。が、なんと申しましても人気の焦点は、大切の娘道成寺でございました。それと申しますのも、この所作をお踊りになる、岩井半四郎が、自他ともにゆるした、日
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