、その「道成寺」がまた、いまお話いたしております所作事「京鹿子娘道成寺」といったものに、脚色されたのでございまして、この所作ごとの舞台に見るだけの筋は、こんなでございます――。
        ×
 道成寺で、再度の鐘建立が行われ、その供養《くよう》を、白拍子の花子《はなこ》という者が拝みに来る。これは、実のところ、清姫であって、寺僧は、女人禁制を理由として、拒む。しかし、白拍子は、たって、と願う。寺僧も、いまは、止むかたなく、女の請をいれ、その代償として、舞を所望する。白拍子は、舞いながら、鐘に近づいて、中に消える。――一同は驚いて、鐘を上げる。と中から蛇体の鬼女が現われる。

        |○|[#「|○|」は縦中横]

 と、このような筋を意味する所作が、檜の舞台につづけられて行ったのでございます。私は、手鞠《てまり》の振りから、花笠――それから、手習い、鈴、太鼓……と、呼吸もつがせぬ名人芸に、ただ、うっとりと、舞台を見つめるのみでございましたが、ふと、気づきますと、師匠の新次さまが、上手そで[#「そで」に傍点]のかげに立って、じっと、舞台を――そして、ご自分の替りに、立三味線を弾いていらっしゃる新三郎さんの手もとをじっと、見つめていられるのでございます。一目みてご病気らしく、すっかり、お顔の色も青ざめ、立っていることさえ大儀そうな師匠の姿に、私は自分ながらに、
「やはり、わたしの考えた通り、癪を起していられたそうな……」
 と、考えたのではございました。が、それにいたしましても、やはり舞台が気にかかり、ああした見てさえも、お苦しそうなお身体で、自分の弟子の様子を見守っていらっしゃるのは、さすがに、芸で一家をなされるほどの方――と私は、こんなに考え、ひそかに、涙いたしたことでございました。

        |○|[#「|○|」は縦中横]

 やがて、踊りもすすみまして、俗に申す、鐘入りになったのでございます。たて唄、松島三郎治さまの唄は、ますます冴えて参ります。
 ※[#歌記号、1−3−28]恨み/\てかこち泣き
 の唄の文句――白拍子はじっと、鐘を見上げております。私は、あまり、こうした所作事については存じませぬが、この恨み/\ては、男の気が知れないのを恨むのではなく、釣るしてある鐘に、恨みのある心を通《かよわ》せたものとして振りが付けてあるのだそうで
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