を担いで、それをお頭にして、数人踏みとどまるというようなことになったのであります。が、そうきまるというと、この芹沢という者を近藤の手で暗殺してしまった。芹沢という人は、随分素行のよくない人であったといいますけれども、別に分離後に素行が悪くなったのではない、前から悪いのでありますが、都合のいい時は、素行が悪くても大将に押し立てるし、都合によっては素行を論じて排斥の理由ともし、それだけではまだ不十分なので、ついに暗殺する。かなり陰険な働きをするものである。
 さて最初は十二三人であったのが、後には百人余りになって、壬生浪士といわれておりましたが、それが新選組ということになって、近藤はそのお頭になったのであります。ここの手際の最もよかったことは、三月の三日に清河等が江戸へ帰りますと、七八日たった十日の日には、所司代に属することになって、新選組という名前も出来た。これは、会津侯は前月すでに、「在京有志の徒にして、主家なきものを守護職に属せしむる」ということを申し立ててもおりますし、のみならず、この前後に浪人を懐柔することについて、ちっとも油断なくやっておられたのでありますから、江戸から御用の暴力団が来るということを聞くと、直ちにこれを物色して、得意の懐柔手段を用いられたということは、十分想像することが出来ます。会津に属することが決定したから、近藤等は京都に踏みとどまることにしたのでもありますし、踏み止まることが出来たのでもあります。それが幾日もたたぬうちに、新選組というものになった。ここらの手際というものは、実に巧妙なものである。自体近藤というものは、小才の利く男でありまして、妥協とか、折合とかいうようなことは、最も得意な人だったのです。
 それでは会津藩が近藤を用いて、どういう効能があったかというと、会津の人達は、近藤がしきりに薩長その他の秘事を内通して来るのを褒めた。探偵の技量のえらいことを感心している。探偵の上手な人間などというものは、明るい人間ではない。影の暗い人でなければならない。そうしてそれにはまことに相応した暗殺上手である。随分沢山人を斬っている、というその一面には、会津に上手な使い手があって、近藤等を煽動し、使嗾《しそう》してうまく働かせた。それだから、あれだけの男があれだけに売れるような働きが出来たのであります。近藤は決して晴れ晴れした、近頃皆が喜ぶチャンバラなどというような、あっさりした、あどけないようなわけの人間じゃない。もっと粘りっ気のある、毒々しいところのある人間なのであります。
 彼が人を多く斬って世間から注目された蛤御門の合戦、これは御築地の陰のところに隠れては、行き過ぎる敵をうしろから斬っては、またもとの位置に隠れている。そうしてまた敵の行き過ぎるのを見ては、そこから出て斬った。それから三条小橋の升屋喜右衛門のところに、西国筋の浪士が五六十人もおりますところへ、二十人ばかりで押しかけて行って、そのうち七人を斬って、追い飛ばしてしまったなどということは、人におぼえられている仕事だったのでありますが、近藤の人を斬ったのに、前から斬ったのは一つもない。必ずうしろから斬っている。御築地の陰から出て斬るとか、隣座敷へ呼び出して斬るとか、二階から呼びおろして斬るとかいう行き方をする。いずれにも人を沢山斬ったなどというと、剣術の腕前の凄じいように思うものもありましょうが、彼の剣道は決して立派なものではない。私の祖父は剣術が好きでありまして、近藤とも立ち合ったことがあるといって、よく近藤の剣術の話をしました。ナニあれは強くはない、しかしいかにも粘った剣術であった、三本に一本は取れる、と申しておりました。私の祖父なるものは、びっくり仰天するだけの人間であって、真剣なんぞを持って斬り合うなんていう肚胸のある人間ではありませんから、何のお話もないが、竹刀を持って立ち合ってみても、その人の根性が出ないことはありません。私の大伯父になります谷合量平というものがございまして、それも近藤の剣術の話を致しましたが、やはり祖父が申すのと違っておりません。先日新徴組の一人でありました千葉弥一郎さんから承りますのに、近藤の剣術はさまでのものじゃない、ということを言っておられました。そういうふうでありますから、近藤が剣術の道場を持っておったなどという話は、私は聞いていない。とても剣道の指南などをするほどの腕前があった人ではないのであります。しかし粘っこいだけに、臆面もなく道場を出していないともいわれない。明治の初めに、漢学教授・英学教授の看板を出しておりましたのが、皆学者かといえば、そうじゃない。時の流行だから、随分怪しいのが多かった。近藤が道場を持っていたとしたところが、そういうわけでありましたらば、それが立派な剣客であったという早呑込みを
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