が認《したた》めてあったか? 不幸な囚人が何を訴えんとしたか? いかなる救いを求めたか?
 ルパンは室内を調べてみた。此室《ここ》は客間と違い重要な書類があったが、しかし少しもそれ等の抽斗《ひきだし》には手を触れていない処から判断すると、怪しの女はジルベールの手紙をねらった外《ほか》には何等の目的もなかった事が知れる。
 そして残る問題はいかにしてその女が手紙を盗み出したかと云う事である。ルパンが調べた時には居間の内部から完全に鍵がかかって錠さえ下してあった。しかし一度出入りした以上どこかに入口が無ければならないのみならず僅々《きんきん》数分時間の間に行われた行為とすると、それは必ず内部の隔ての壁に仕掛けがあって、その怪婦人が以前から知っておる場所であらねばならない。この推理から行くと壁面には何等の仕掛けを為すべき、またこれを覆い隠すべき何物も無い以上、それは必ず扉《ドア》に施されたものであるべきで、随《したがっ》て調査の範囲がはなはだしく限定されて来る。
 ルパンは再び客間に帰って扉口《とぐち》を調べにかかったが一目見て愕然として戦慄した。一目瞭然、扉《ドア》の羽目板は六枚の小板を合せたものであるが、その一番左手《ゆんで》の板が変な具合に嵌《はま》っておる。近よってよくよく見ると、その板は二本の細かい鋲で上下を止めてあるばかりで完全な嵌め込みになっていない。彼は鋲を外してみた。果然、羽目板はがたりと外れた。
 アシルはアッと驚愕の声を挙げた。しかしルパンは嘲笑う様に、
『え、それがどうした? やっぱり解らんじゃあないか? この穴は横が七八寸で縦が一尺五寸ばかりしかない。とても普通の女がこれだけの間から通れるものじゃあない。いくら痩せていても高々|十歳《とう》までの子供がやっと通れるくらいじゃあないか!』
 ルパンはやや暫くの間沈思していたが、突然、戸外《そと》へ飛びだして、急いで貸自動車《タクシー》に飛び乗った。
『マチニヨン街へ……大急ぎだ……』
 以前水晶の栓を盗まれた別荘の近くまで来ると彼はヒラリと自動車から降り、階段を駈け上《あが》って寝室の入口の扉《ドア》の羽目板を調べた。果然、案の定、そこも羽目板の一枚に細工がしてあった。シャートーブリヤン街の家同様に羽目板をはずすと肩まで入り得るくらいの穴があいたが、しかし、そこから上が錠にまではやはり手が届きそうに
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