い古帽子や手袋などを抱えて応接室に待っていた。
『ええ、昨日御約束致しました件について御伺い致しました。思いがけなく手間取りまして、何とも申訳がございません』
『いかがです、昨日のお言葉通り真物《ほんもの》が手に入りましたか?』
『ハア、実はドーブレクは巴里《パリー》に居りませんでして、自動車で巴里《パリー》へ参る途中でございました』
『君は自動車を持っているかね?』
『ええ、旧式のボロボロ自動車でございます。でドーブレクを自動車に乗せまして、と申しても実は、旅行鞄《トランク》の中へ押入れまして、自動車の屋根の上へ乗せて、巴里《パリー》へ参る途中でした。が、つい機械に故障がございましたために手間取った様な次第でございます』
プラスビイユは驚愕の顔でニコルを眺めた。人相を見ただけではどうしてもそれとは想像も付かないが、その談り出した行動、ドーブレク誘拐手段は――咄《とつ》!怪物!人間をトランクに詰めて、しかも自動車の屋根で運搬するなどと云う離れ業は、ルパンならでは出来ない事だ。しかもそれを他人の前で平然として事もなげに云ってのける者もまた、ルパンならではできない。さては奴、いよいよただの鼠じゃない。
『ところで連判状は手に入りましたか』とプラスビイユはさり気ない体で問うた。
『持っています』
『真物ですか?』
『無論、正真正銘、擬い無しの連判状です』
『ローレンの十字のマークがありますかね?』
『あります』
プラスビイユは沈黙した。激烈な感情が総身に迫って来た。今や闘争はこの相手、非常の力を持ったこの怪物を相手に起って来たのだ。しかも当の敵たるアルセーヌ・ルパン、かの猛峻な怖るべき怪盗アルセーヌ・ルパンが面と向かって、十二分に武装したものが寸鉄を帯びざる敵と相対せるものの如く冷然としてその目的に突進しつつ平静、端然と落ち付き払っているのを思って、プラスビイユは知らず知らず身慄をした。正面から堂々と攻撃するは危険だ。彼はジワジワと攻め立てようと考えた。
『でドーブレクが温順《おとな》しくそれを渡したかね?』
『ドーブレクは渡しません。私が引奪くったのです』
『じゃ、腕力を用いたのだろう?』
『なあに、そんな事は致しません』とニコルは笑いながら云った。『ええ、私は堅い決心を致しました。ドーブレク先生が私のボロ自動車のトランクの中に乗かって、最大速力で走りながら、時々ク
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