には際限もなく不思議な話が繋がっていた。それはふだんわたしどもの往来《ゆきき》している友達の知らぬことばかりで、彼等は本当に何一つ知らなかった。閏土が海辺にいる時彼等はわたしと同じように、高塀に囲まれた屋敷の上の四角な空ばかり眺めていたのだから。
 惜しいかな、正月は過ぎ去り、閏土は彼の郷里に帰ることになった。わたしは大哭《おおな》きに哭いた。閏土もまた泣き出し、台所に隠れて出て行くまいとしたが、遂に彼の父親に引張り出された。
 彼はその後父親に託《ことづ》けて貝殻一|包《つつみ》と見事な鳥の毛を何本か送って寄越した。わたしの方でも一二度品物を届けてやったこともあるが、それきり顔を見たことが無い。
 現在わたしの母が彼のことを持出したので、わたしのあの時の記憶が電《いなずま》の如くよみがえって来て、本当に自分の美しい故郷を見きわめたように覚えた。わたしは声に応じて答えた。
「そりゃ面白い。彼はどんな風です」
「あの人かえ、あの人の景気もあんまりよくないようだよ」
 母はそういいながら室《へや》の外を見た。
「おやまた誰か来たよ。木器《もくき》買うと言っては手当り次第に持って行くんだから
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