て網を張り詰め、わたしに自害を迫っているのだ。四五日このかた往来の男女の様子を見ても、アニキの行動を見ても八九分通りは悟られて来た。一番都合のいいのは、帯を解いて梁《はり》に掛け、自分で縊《くび》れて死ねば彼等に殺人の罪名がないわけだ。そうすれば自然願いが通って皆大喜びで鼠泣きするだろう。しかし驚き恐れ憂い悲しんで死んでも、いくらか痩せるくらいでまんざら役に立たないことはない。
 彼等は死肉を食べつつある!――何かの本に書いてあったことを想い出したが、「海乙那《かいおつな》」という一種の代物がある。眼光《めつき》と様子がとても醜い。いつも死肉を食って、どんな大きな骨でもパリパリと咬み砕き、腹の中に嚥《の》み下してしまう。想い出しても恐ろしいものだが、この「海乙那」は狼の親類で、狼は犬の本家である。先日趙家の犬めが幾度も乃公を見たが、さてこそ彼も一味徒党で、もう接洽《ひきあい》もすんでいるのだろう。あの親爺がいくら地面を眺めたって、乃公を胡魔化すことが出来るもんか。中にも気の毒なのは乃公のアニキだ。彼だって人間だ。恐ろしい事とも思わずに何ゆえ仲間を集めて乃公を食うのだろう。やっぱり永年《ながねん》のしきたりで悪い事とは思っていないのだろう。それとも良心を喪失してしまって、知っていながらことさら犯しているのだろう。
 わたしは食人者を呪う。まず彼から発起して食人の人達を勧誘し、また彼から先手をつける。

        八

 実際この種の道理は今になってみると、彼等もわかり切っているのだ。
 ひょっくり一人の男が来た。年頃は二十前後で、人相はあまりハッキリしていないが、顔じゅうに笑いを浮べてわたしに向ってお辞儀をした。彼の笑いは本当の笑いとは見えない。わたしは訊いてみた。
「人食いの仕事は旨く行ったかね」
 彼はやっぱり笑いながら話した。
「餓饉年じゃあるまいし、人を食うことなど出来やしません」
 わたしは彼が仲間であることにすぐに気がついた。人を食うのを喜ぶのだろうと思うと、勇気百倍して無理にも訊いてやろうと思う。
「うまく行ったかえ」
「そんなことを訊いてどうするんだ。お前は本統《ほんとう》にわかるのかね。冗当を言っているんじゃないかな。きょうは大層いい天気だよ」
 天気もいいし月も明るい。だが乃公はお前に訊くつもりだ。
「うまく行ったかえ」
 彼はいけないと思っ
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