りを入れた。――ただし趙家の閾《しきい》だけは跨《また》ぐことが出来ない――何しろ様子がすこぶる変なので、どこでもきっと男が出て来て、蒼蝿《うるさ》そうな顔付《かおつき》を見せ、まるで乞食《こじき》を追払《おっぱら》うような体裁で
「無いよ無いよ。向うへ行ってくれ」と手を振った。
 阿Qはいよいよ不思議に感じた。
 この辺の家《うち》は前から手伝が要るはずなんだが、今急に暇になるわけがない。こりゃあきっと何か曰くがあるはずだ、と気をつけてみると、彼等は用のある時には小DON《しょうドン》をよんでいた。この小Dはごくごくみすぼらしい奴で痩せ衰えていた。阿Qの眼から見ると王※[#「髟/胡」、149−6]よりも劣っている。ところがこの小わッぱめが遂に阿Qの飯碗を取ってしまったんだから、阿Qの怒《いかり》尋常一様のものではない。彼はぷんぷんしながら歩き出した。そうしてたちまち手をあげて呻《うな》った。
「鉄の鞭で手前を引ッぱたくぞ」
 幾日かのあとで、彼は遂に錢府《せんふ》の照壁(衝立《ついたて》の壁)の前で小Dにめぐり逢った。「讎《かたき》の出会いは格別ハッキリ見える」もので、彼はずかずか小
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