司晨の側《そば》までゆくと、趙太爺は大きな竹の棒を手に持って彼を目蒐《めが》けて跳び出して来た。
阿Qは竹の棒を見ると、この騒動が自分が前に打たれた事と関係があるんだと感づいて、急に米搗場に逃げ帰ろうとしたが、竹の棒は意地悪く彼の行手を遮った。そこで自然の成行きに任せて裏門から逃げ出し、ちょっとの間《ま》に彼はもう土穀祠《おいなりさま》の宮の中にいた。阿Qは坐っていると肌が粟立《あわだ》って来た。彼は冷たく感じたのだ。春とはいえ夜になると残りの寒さが身に沁《し》み、裸でいられるものではない。彼は趙家に置いて来た上衣《うわぎ》がつくづく欲しくなったが、取りに行けば秀才の恐ろしい竹の棒がある。そうこうしているうちに村役人が入って来た。
「阿Q、お前のお袋のようなものだぜ。趙家の者にお前がふざけたのは、つまり目上を犯したんだ。お蔭で乃公はゆうべ寝ることが出来なかった。お前のお袋のようなものだぜ」
こんな風に一通り教訓されたが、阿Qはもちろん黙っていた。挙句の果てに、夜だから役人の酒手を倍増しにして四百文出すのが当前《あたりまえ》だということになった。阿Qは今持合せがないから一つの帽子を質
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