ギしながら、帯の間に煙管を挿し込み、これから米搗きに行《ゆ》こうかどうしようかとまごまごしているところへ、ポカリと一つ、太い物が頭の上から落ちて来た。彼はハッとして身を転じると、秀才は竹の棒キレをもって行手を塞いだ。
「キサマは謀叛《むほん》を起したな。これ、こん畜生………」
 竹の棒はまた彼に向って振り下された。彼は両手を挙げて頭をかかえた。当ったところはちょうど指の節の真上で、それこそ本当に痛く、夢中になって台所を飛び出し、門を出る時また一つ背中の上をどやされた。
「忘八蛋《ワンパダン》」
 後ろの方で秀才が官話《かんわ》を用いて罵る声が聞えた。
 阿Qは米搗場に駈《かけ》込んで独り突立っていると、指先の痛みはまだやまず、それにまた「忘八蛋《ワンパダン》」という言葉が妙に頭に残って薄気味悪く感じた。この言葉は未荘の田舎者はかつて使ったことがなく、専《もっぱ》らお役所のお歴々《れきれき》が用ゆるもので印象が殊の外深く、彼の「女」という思想など、急にどこへか吹っ飛んでしまった。しかし、ぶっ叩かれてしまえば事件が落著して何の障《さわ》りがないのだから、すぐに手を動かして米を搗き始め、しば
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