ついた。
庵は春の時と同じような静けさであった。白壁と黒門、彼はちょっと思案して前へ行って門を叩いた。一疋《いっぴき》の狗が中で吠えた。彼は急いで瓦のカケラを拾い上げ、もう一度前へ行って、今度は力任せにぶっ叩いて黒門の上に幾つも痘瘡《あばた》が出来た時、ようやく人の出て来る足音がした。
阿Qは慌てて瓦を持ちなおし馬のように足をふんばって、黒狗と開戦の準備をした。だが庵門はただ一すじの透間《すきま》をあけたのみで、黒狗が飛び出すことはないと見たので、近寄って行《ゆ》くと、そこに一人の老いたる尼がいた。
「お前はまた来たのか。何の用だえ」と尼は呆れ返っていた。
「革命だぞ。てめえ知っているか」と阿Qは口籠《くちごも》った。
「革命、革命とお言いだが、革命は一遍済んだよ。……お前達は何だってそんな騒ぎをするんだえ」尼は眼のふちを赤くしながら言った。
「何だと?」阿Qは訝《いぶか》った。
「お前はまだ知らないのだね。あの人達はもう革命を済ましたよ」
「誰だ?」阿Qは更に訝った。
「秀才と偽毛唐さ」
阿Qは意外のことにぶっつかってわけもなく面喰った。尼は彼の出鼻をへし折って隙《すか》さず門を閉めた。阿Qはすぐに押し返したが固く締っていた。もう一度叩いてみたが返辞もしない。
これもやっぱりその日の午前中の出来事だった。機を見るに敏なる趙秀才は革命党が城内に入ったと聞いて、すぐに辮子を頭の上に巻き込み、今までずっと仲悪《なかわる》で通したあの錢毛唐《せんけとう》の処へ御機嫌伺いに行った。これは「みなともに維《こ》れ新たなり」の時であるから、彼等は話が弾んで立ちどころに情意投合の同志となり、互に相約して革命に投じた。
彼等はいろいろ想い廻して、やっと想い出したのは靜修庵の中の「皇帝万歳万、万歳!」の一つの竜牌《りゅうはい》だ。これこそすぐにも革擲《かくてき》すべきものだと思ったから、二人は時を移さず靜修庵に行《ゆ》くと、老いたる尼が邪魔をしたので、彼等は尼を満州政府と見做し、頭の上に少からざる棍棒と鉄拳を加えた。尼は彼等が帰ったあとで気を静めてよく見ると、竜牌はすでに已《すで》に砕けて地上に横たわっているのはもっともだが、観音様の前にあった一つの宣徳炉《せんとくろ》が見当らないのが不思議だ。
阿Qはあとでこの事を聞いてすこぶる自分の朝寝坊を悔んだ。それにしても彼等が阿Qを誘わなかったのは奇ッ怪千万である。阿Qは一歩|退《しりぞ》いて考えた。
「彼等が、今まで知らずにいるはずはない。阿Qは已に革命党に投じているのじゃないか」
第八章 革命を許さず
未荘の人心は日々に安静になり、噂に拠れば革命党は城内に入ったが、何も格別変ったことがない。知県《ちけん》様はやっぱり元の位置にいて何か名目が変っただけだ。挙人老爺は何になったか――これ等の名目は未荘の人には皆わからなかった。――お上が兵隊を連れて来ることは、これも前からいつもあることで、格別不思議なことでもないが、ただ一つ恐ろしいのは、ほかに幾らか不良分子が交《まじ》っていて内部の擾乱《じょうらん》を計っていることだ。そうして二言目には手を動かして辮子を剪《き》った。聴けば隣村の通い船を出す七斤は途中で引掴まって、人間らしくないような体裁にされてしまったが、それさえ大した恐怖の数に入らない。未荘の人は本来城内に行《ゆ》くことは少いのに、たまたま行《ゆ》く用事があっても差控えてしまうから、この危険にぶつかる者も少い。阿Qも城内に行って友達に逢いたいと思っていたが、この話を聞くとやめなければならない。
だが未荘の人も改革なしでは済まされなかった。幾日の後、辮子を頭に巻込む者が逐漸《ちくぜん》増加した。手ッ取り早く言うと一番最初が茂才公《もさいこう》だ。その次が趙司晨と趙白眼だ。後では阿Qだ。これがもし夏ならば、辮子を頭の上に巻込み、あるいは一つのかたまりにするのはもとより何も珍らしい事ではないが、今は秋の暮で、この特別の歳時記が行われたのは、辮子を巻込んだ連中に取っては非常な英断と言わなければならない。未荘としてはこれもまた改革の一つでないということは出来ない。
趙司晨は頭の後ろを空坊主にして歩いた。これを見た人は大きな声を出して言った。
「ほう、革命党が来たぞ」
阿Qは非常に羨しく思った。彼はとうから秀才が辮子をわがねたというニウスを聞いていたが、自分がその様な事をしていいかという事について少しも思い及ばなかった。現在趙司晨がこうなってみると、急に真似てみたくなって実行の決心をきめた。彼は一本の竹箸に辮子を頭の上にわがね、しばらくためらっていたが、思切って外へ出た。
彼が往来に出ると、人は皆彼を見るには見るが何にも言わない。阿Qは初め不快に感じてあとになるとだん
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