不周山
魯迅
井上紅梅訳
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)微風《そよかぜ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今|幸《さいわい》にして
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(例)※[#「女+咼」、第3水準1−15−89]
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一
女※[#「女+咼」、第3水準1−15−89]《じょか》は、たちまち目を醒ました。
彼女は夢から驚き醒めたが、もうその時にはどんな夢を見たかハッキリ覚えていない。ただ非常に悩ましく、何か物足りなく、また何か多過ぎるようでもあった。そそるような微風《そよかぜ》が、温《あたた》かに彼女の力を吹出して宇宙の中に満ち渡った。
彼女は自分の眼をこすった。
薄紅色の大空には、幾重にも千切れ千切れの薄緑の浮雲が漂い、星がその後に瞬いて光っては消え、光っては消えた。大空の果の真赤の雲の間には光芒四射する太陽が一つあって流れ動く金の玉のごとく、大昔の荒漠たる溶岩のなかに包まれている。その一方には鉄のように冷く白い月がある。彼女は、どちらが昇り、どちらが落ちるのか、判らない。
地上はすべて新緑である、あまり葉の換《かわ》らない松柏《しょうはく》さえも、目立って若々しい。桃色や青白い大きい、様々な花が、眼の前に、まだハッキリと見えるが、遠方はとぎれとぎれの靄《もや》に蔽《おお》われている。
「あああ、私は今までこんなに退屈したことはない」彼女はそう思いながら、スッと立ち上り、その丸々した精力の満ち溢れた臂《ひじ》を伸ばして、天に向かって大きな欠伸《あくび》をした。天空はたちまち一変して、不思議な肉色に変り、暫《しばら》くの間は、彼女がいるところさえも判らなくなった。
彼女は、この肉色の天と地との間を海辺へと走り、全身の曲線を全く薄薔薇色の光の海のなかに融け消えて、下半身は真白に彩られ、波は驚き、規則正しく起伏し、波のしぶきは彼女の体に降り濺《そそ》ぐ。この真白な影は、海中で揺れているが、あたかも全体が四方八方に飛び散るごとくである。だが彼女自身は、決して見えない。ただ蹲《うずく》って、手を伸ばし、水を含んだ軟かい泥を掬い上げては、幾たびか揉み揉みして、自分のような小さいものを両手で持っ
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