》などということまで知っている。革命以後、辮子を頭のてッぺんに巻き込んで道士のような風体をしていたが「もし趙子龍《ちょうしりゅう》が世に在らば、天下はこれほどまでに乱れはしない」といつも歎息していた。七斤ねえさんの眼力は確かだ。きょうの趙七爺は以前のような道士ではない。つるつるとして頭の皮の頂上《てっぺん》に、真黒な髪の毛があるのを早くも認めた。皇帝が崩御して、辮子がぜひとも必要で、七斤の身の上に非常な危険のある事を彼女は察した。というのは趙七爺のこのリンネルの長衫は、ふだん無暗に著るものでない。三年このかた彼がこの著物《きもの》に手を通したのは只の二度切りで、一度は彼の大きらいな疱瘡《あばた》の阿四《あし》が病気した時、もう一度は彼の店を叩き壊した魯太爺《ろだんな》が死んだ時だ。そうして今がちょうど三度目だ。きっとこれは彼自身に喜びがあって、彼の仇の家に殃《うれ》いごとがあるのだ。
 七斤ねえさんは覚えている。二年前に七斤は酔払って一度、趙七爺を「賤胎《めかけばら》」と罵ったことがある。そこで今たちどころに七斤の危険を直覚して、胸の中がドキンドキンと跳ね上った。
 趙七爺はずんずん進んで来た。坐って飯を食っていた人は皆立上って、箸を自分の飯碗に差向け「七旦那、わたしどもと一緒にここでお支度をなさいませ」
 七爺は頻りにうなずいて「どうぞお構いなく」といいながら、ずっと七斤家の食卓の側へ言った。七斤達はのべつにお愛想をいうと、七爺は微笑を含んで「どうぞお構いなく」を繰返しながら、彼等のお菜をこまごまと研究し始めた。「いい匂いの干葉だね。――風の吹くたんびにいい薫りがするよ」趙七爺は七斤の後ろに立って、七斤ねえさんを向う側に眺めてこんな事を言った。
「天子様がおかくれになったのですか」と七斤はきいた。
 七斤ねえさんは七爺の顔を見ると、せい一杯にお世辞笑いをして「天子様がお匿《かく》れになったら、いずれ大赦があるのでございましょうね」
「大赦ですか――大赦はいずれそのうち、どうしてもあるはずです」と七爺のそう言ってしまうとふと急に語気を荒くした。
「だがお前の家《うち》の七斤の辮子はどうしたのだ。辮子は? これはどうしても大事なことだ。お前達は知っているだろうが長毛《ざんもう》(長髪賊)の時、髪を留《とど》める者は頭を留めず、頭を留めるものは髪を留めず」
 七斤と彼の
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
魯迅 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング