ているのだろう。あいまいの返辞をした。
「いけ……」
「いけない? あいつ等はもう食ってしまったんだろう」
「ありもしないこと」
「ありもしないこと? 狼村《ろうそん》では現在食べているし、本にもちゃんと書いてある。出来立てのほやほやだ」
 彼は顔色を変えて鉄のように青くなり目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って言った。
「あるかもしれないが、まあそんなものさ……」
「まあそんなものだ。じゃ旨く行ったんだね」
「わたしはお前とそんな話をするのはいやだ。どうしてもお前は間違っている。話をすればするほど間違って来る」
 わたしは跳び上って眼を開けると、体じゅうが汗びっしょりになり、その人の姿は見えない。年頃はわたしのアニキよりもずっと若いがこいつはテッキリ仲間の一人に違いない。きっと彼等の親達が彼に教えて、そうしてまた彼の子供に伝えるのだろう。だから小さな子供等が皆憎らしげにわたしを見る。

        九

 自分で人を食えば、人から食われる恐れがあるので、皆疑い深い目付をして顔と顔と覗き合う。この心さえ除き去れば安心して仕事が出来、道を歩いても飯を食っても睡眠しても、何と朗らかなものであろう。ただこの一本の閾《しきい》、一つの関所があればこそ、彼らは親子、兄弟、夫婦、朋友、師弟、仇敵、各々相|識《し》らざる者までも皆一団にかたまって、互に勧め合い互に牽制し合い、死んでもこの一歩を跨ぎ去ろうとはしない。

        一〇

 朝早くアニキの所へ行ってみると、彼は堂門の外で空を眺めていた。わたしは彼の後ろから近寄って門前に立ち塞がり、いとも静かにいとも親しげに彼に向って言った。
「兄さん、わたしはあなたに言いたいことがある」
「お前、言ってごらん」
 彼は顔をこちらに向けて頭を動かした。
「わたしは二つ三つ話をすればいいのだが、旨く言い出せるかしら。兄さん、大抵初めの野蛮人は皆人を食っていた。後になると心の持方が違って来て、中には人を食わぬ者もあり、その人達は質《たち》のいい方で人間に成り変り、真の人間に成り変った。またある者は虫ケラ同様にいつまでも人を食っていた。またある者は魚鳥や猿に変化し、それから人間に成り変った。またある者は善いことをしようとは思わず、今でもやはり虫ケラだ。この人を食う人達は人を食わぬ人達に比べてみると、いかにも忌わ
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