と仲たがいをした。挙人老爺は贓品《ぞうひん》の追徴が何よりも肝腎だと言った、少尉殿はまず第一に見せしめをすべしと言った。少尉殿は近頃一向挙人老爺を眼中に置かなかった。卓《つくえ》を叩き腰掛を打って彼は説いた。
「一人を槍玉に上げれば百人が注意する。ねえ君! わたしが革命党を組織してからまだ二十日《はつか》にもならないのに、掠奪事件が十何件もあってまるきり挙らない。わたしの顔がどこに立つ? 罪人が挙っても君はまだ愚図々々している。これが旨く行《ゆ》かんと乃公の責任になるんだよ」
挙人老爺は大《おおい》に窮したが、なお頑固に前説を固持して贓品の追徴をしなければ、彼は即刻民政の職務を辞任すると言った。けれど少尉殿はびくともせず、「どうぞ御随意になさいませ」と言った。
そこで挙人老爺はその晩とうとうまんじりともしなかったが、翌日は幸い辞職もしなかった。
阿Qが三度目に丸太格子から抓み出された時には、すなわち挙人老爺が寝つかれない晩の翌日の午前であった。彼が大広間に来ると上席にはいつもの通り、くりくり坊主の親爺が坐っていた。阿Qもまたいつもの通り膝を突いて下にいた。親爺はいとも懇《ねんご》ろに尋ねた。「お前はまだほかに何か言うことがあるかね」
阿Qはちょっと考えたが別に言うこともないので、「ありません」と答えた。
長い著物を著た人と短い著物を著た人が大勢いて、たちまち彼に白金巾《しろかたきん》の袖無しを著せた。上に字が書いてあった。阿Qははなはだ心苦しく思った。それは葬式の著物のようで、葬式の著物を著るのは縁喜《えんき》が好くないからだ。しかしそう思うまもなく彼は両手を縛られて、ずんずんお役所の外へ引きずり出された。
阿Qは屋根無しの車の上に舁《かつ》ぎあげられ、短い著物の人が幾人も彼と同座して一緒にいた。
この車は立ちどころに動き始めた。前には鉄砲をかついだ兵隊と自衛団が歩いていた。両側には大勢の見物人が口を開け放して見ていた。後ろはどうなっているか、阿Qには見えなかった。しかし突然感じたのは、こいつはいけねえ、首を斬られるんじゃねえか。
彼はそう思うと心が顛倒《てんとう》して二つの眼が暗くなり、耳朶の中がガーンとした。気絶をしたようでもあったが、しかし全く気を失ったわけではない。ある時は慌てたが、ある時はまたかえって落著《おちつ》いた。彼は考えているうちに、人間の世の中はもともとこんなもんで、時に依ると首を斬られなければならないこともあるかもしれない、と感じたらしかった。
彼はまた見覚えのある路を見た。そこで少々変に思った。なぜお仕置に行《ゆ》かないのか。彼は自分が引廻しになって皆に見せしめられているのを知らなかった。しかし知らしめたも同然だった。彼はただ人間世界はもともと大抵こんなもんで、時に依ると引廻しになって皆に見せしめなければならないものであるかもしれない、と思ったかもしれない。
彼は覚醒した。これはまわり道してお仕置場にゆく路だ。これはきっとずばりと首を刎《は》ねられるんだ。彼はガッカリしてあたりを見ると、まるで蟻のように人が附いて来た。そうして図らずも人ごみの中に一人の呉媽を発見した。ずいぶんしばらくだった。彼女は城内で仕事をしていたのだ。彼はたちまち非常な羞恥を感じて我れながら気が滅入ってしまった。つまりあの芝居の歌を唱《うた》う勇気がないのだ。彼の思想はさながら旋風のように、頭の中を一まわりした。「若寡婦《わかごけ》の墓参り」も立派な歌ではない。「竜虎図」の「後悔するには及ばぬ」も余りつまらな過ぎた。やっぱり「手に鉄鞭《てつべん》を執ってキサマを打つぞ」なんだろう。そう思うと彼は手を挙げたくなったが、考えてみるとその手は縛られていたのだ。そこで「手に鉄鞭を執り」さえも唱《とな》えなかった。
「二十年過ぎればこれもまた一つのものだ……」阿Qはゴタゴタの中で、今まで言ったことのないこの言葉を「師匠も無しに」半分ほどひり出した。
「好《ハオ》※[#感嘆符三つ、186−6]」と人ごみの中から狼の吠声のような声が出た。
車は停まらずに進んだ。阿Qは喝采の中に眼玉を動して呉媽を見ると、彼女は一向彼に眼を止めた様子もなくただ熱心に兵隊の背の上にある鉄砲を見ていた。
そこで、阿Qはもう一度喝采の人を見た。
この刹那、彼の思想はさながら旋風のように脳裏を一廻りした。四年|前《ぜん》に彼は一度山下で狼に出遇《であ》った。狼は附かず離れず跟いて来て彼の肉を食《くら》おうと思った。彼はその時全く生きている空《そら》は無かった。幸い一つの薪割を持っていたので、ようやく元気を引起し、未荘まで持ちこたえて来た。これこそ永久に忘られぬ狼の眼だ。臆病でいながら鋭く、鬼火のようにキラめく二つの眼は、遠くの方から彼の皮肉を刺し通
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