ゅう》の蔓《つる》を引張るとザラザラと泥が落ちた。阿Qは顫える足を踏みしめて桑の樹に攀《よ》じ昇り、畑中《はたなか》へ飛び下りると、そこは繁りに繁っていたが、老酒《ラオチュ》も饅頭も食べられそうなものは一つもない。西の垣根の方は竹藪で、下にたくさん筍《たけのこ》が生えていたが生憎ナマで役に立たない。そのほか菜種があったが実を結び、芥子菜《からしな》は花が咲いて、青菜は伸び過ぎていた。
 阿Qは試験に落第した文童のような謂れなき屈辱を感じて、ぶらぶら園門の側《そば》まで来ると、たちまち非常な喜びとなった。これは明かに大根畑だ。彼がしゃがんで抜き取ったのは、一つごく丸いものであったが、すぐに身をかがめて帰って来た。これは確かに尼ッちょのものだ。尼ッちょなんてものは阿Qとしては若草の屑のように思っているが、世の中の事は「一歩|退《しりぞ》いて考え」なければならん。だから彼はそそくさに四つの大根を引抜いて葉をむしり捨て著物の下まえの中に蔵《しま》い込んだが、その時もう婆《ばば》の尼は見つけていた。
「おみどふ(阿弥陀仏)、お前はなんだってここへ入って来たの、大根を盗んだね……まあ呆れた。罪作りの男だね。おみどふ……」
「俺はいつお前の大根を盗んだえ」阿Qは歩きながら言った。
「それ、それ、それで盗まないというのかえ」と尼は阿Qの懐ろをさした。
「これはお前の物かえ。大根に返辞をさせることが出来るかえ。お前……」
 阿Qは言いも完《おわ》らぬうちに足をもちゃげて馳《か》け出した。追っ馳けて来たのは、一つのすこぶる肥大の黒狗《くろいぬ》で、これはいつも表門の番をしているのだが、なぜかしらんきょうは裏門に来ていた。黒狗はわんわん追いついて来て、あわや阿Qの腿《もも》に噛みつきそうになったが、幸い著物の中から一つの大根がころげ落ちたので、狗は驚いて飛びしさった。阿Qは早くも桑の樹にかじりつき土塀を跨いだ。人も大根も皆|垣《かき》の外へころげ出した。狗は取残されて桑の樹に向って吠えた。尼は念仏を申《まお》した。
 尼が狗をけしかけやせぬかと思ったから、阿Qは大根を拾う序《ついで》に小石を掻き集めたが、狗は追いかけても来なかった。そこで彼は石を投げ捨て、歩きながら大根を噛《かじ》って、この村もいよいよ駄目だ、城内に行《ゆ》く方がいいと想った。
 大根を三本食ってしまうと彼は已《すで》に
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