ものですな、時に博士、イワンは被害者のポケットに米国の貨幣がはいっていたと私に話しましたが、すると、被害者はやはりブレインの国の者だったと見えますな。それでもう事件には疑問等は何もないようですな」
「いやここに五つの大きな疑問があるのです」博士は静かに言った。「ちょうど塀の中に更に高い塀がある様に。しかし誤解しないで下さい。ブレインがやったという事を疑うんじゃないですからな。彼の逃亡。それが何よりの証拠です。しかしあの男がどういう風にしてやったかが問題なのです。第一に人を一人殺すに、どうしてああした大きな軍刀等を用いたのでしょうか、ポケットナイフで充分殺すことが出来るし、そして後でポケットの中へしまう事が出来るんですからね。第二の疑問は、兇行の時になぜ物音も悲鳴もきこえなかったのでしょう? 人間は通常、一方が蛮刀をふりかざして迫って来るのを声も立てずにただ見ていられるものでしょうか? [#「でしょうか? 」は底本では「でしょうか」]第三は、例の召使いが宵の中《うち》ずーと玄関口に番をしていましたから、鼠一匹庭の方へはいられる訳がないんです。どうして被害者ははいって来られたでしょう? 第四に、同様の事情の下にですな、どうしてブレインが庭から逃げ出す事が出来たでしょう?」
「そして第五は」とオブリアンは英国の坊さんがそろそろとこちらへ来る姿にジーッと眼をとめて云った。
「第五はつまらない事ではあるが、私には不思議に思われます。私は最初首がどういう風に斬られてるかを検べた時に、犯人は一度ならず斬りつけたらしいのです。ところがよく検べてみると、その断面には幾つもの斬傷のある事がわかりました。これは首が落ちてから斬りつけたものです。ブレインは月明りの中によく敵の姿を見ながら敵の身体を斬り苛《さいな》むほど敵の憎んでおったんでしょうかな?」
「実に凄惨だ!」とオブリアンは身慄いをした。
 小男のブラウン坊さんは彼等が話してる間にそこへ来た。そして持前の内気さで話しの終るまでジッと待っていた。それから彼はブッキラ棒に言った。
「これはお邪魔いたしますな。しかし新事件をお話しするために使者に立ちました!」
「新事件?」とシモンはくりかえした、そして眼鏡越しに、傷ましげに彼を見つめた。
「はい、どうも気の毒にな」と師父ブラウンはおだやかに云った。「第二の殺人事件が起ったのですて」
 二人は腰掛から飛上った。その拍子に腰掛が躍った。
「それでなお不思議なことは」とブラウンは鈍い眼で庭の石楠花《シャクナゲ》を見やりながら続けた、「今度のも前と同じ伝でな、首斬事件なんですて、第二の首は例のブレインさんの巴里《パリー》街道を数|碼《ヤード》ほど先へ行った河の中で真実血を流しておったのを発見したんでな、それで皆んなの推量では、あのブレインさんが……」
「へへえ! ブレインは首斬狂者なんだろうか?」とオブリアンが叫んだ。
「亜米利加《アメリカ》人同志の仇討ですかな」ブラウンは気の浮かなそうに云った。「それであなたがたに図書室へ来て見てもらわなければならんということでしてな」
 オブリアンは胸がむかつくように感じながら、二人の跡について行った。
 図書室は天井の低い細長い暗い部屋であった。主人のヴァランタンは執事のイワンと共に、長いやや傾斜した机の向側で一同を待ち受けていた。机の上には庭で発見された被害者の大柄な黒い身体と黄色い顔とが大体|昨夜《ゆうべ》のままで横たわっていた。今朝河の葦の叢の中から拾った所の、第二の首は、それに並んで、血の滴り流れるままに置かれてある。その胴体は河の中に漂っているだろうと云うので、この家《うち》の男共が今なお捜索中であった。師父ブラウンはオブリアン司令官の鋭敏な神経に付合いをするような人では少しもないので、新しい首の所へ行って、眼をしばたたきながら検べた。それは横に射込む赤い朝陽を受けて、銀白色の火をもって飾られた、ベタベタした白髪の束としか見えなかった。面部は醜い紫色をしていて、一見罪人型と見えたが、それは河中に転がっている間に木や石に打ちこわされたのであった。
「おはよう、オブリアン君」ヴァランタンは叮嚀に云った。「ブレインがまたもや首斬罪を犯したという事はもう御ききでしょうか?」
 師父ブラウンはまだ白髪の首の上に身を屈めていた、それから顔を上げずに彼はいった。
「はア、左様、今度のもブレインの仕業だということはたしかじゃろう」
「そうですとも、それは常識でわかります」とポケットに両手を入れて、ヴァランタンが云った。「前のと同じ方法で殺しました。そして前のから数ヤードもはなれない場所においてですな、しかも彼が持ち逃げたと考えられるあの同じ軍刀でスパリとやったものです」
「左様、左様、ほんとになア」と師父ブラウンは素直に
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