て提灯の明かりで、一同はそこに芳一を見つけた――雨の中に、安徳天皇の記念の墓の前に独り坐って、琵琶をならし、壇ノ浦の合戦の曲を高く誦して。その背後《うしろ》と周囲《まわり》と、それから到る処たくさんの墓の上に死者の霊火が蝋燭のように燃えていた。いまだかつて人の目にこれほどの鬼火が見えた事はなかった……
『芳一さん!――芳一さん!』下男達は声をかけた『貴方は何かに魅《ばか》されているのだ!……芳一さん!』
しかし盲人には聞えないらしい。力を籠めて芳一は琵琶を錚錚※[#「口+戛」、第3水準1−15−17]※[#「口+戛」、第3水準1−15−17]と鳴らしていた――ますます烈しく壇ノ浦の合戦の曲を誦した。男達は芳一をつかまえ――耳に口をつけて声をかけた――
『芳一さん!――芳一さん!――すぐ私達と一緒に家にお帰んなさい!』
叱るように芳一は男達に向って云った――
『この高貴の方方の前で、そんな風に私の邪魔をするとは容赦はならんぞ』
事柄の無気味なに拘らず、これには下男達も笑わずにはいられなかった。芳一が何かに魅《ばか》されていたのは確かなので、一同は芳一を捕《つかま》え、その身体《から
前へ
次へ
全19ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸川 明三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング