は、不思議でも何でもない。それには明白な理由があった、テーブルの上にはちゃんとガニマール殿という一通の手紙が置かれてあった。それはまさしくルパンの置手紙である。中にはすべての事情こまごまと、しかもそれは、あたかも主人が召使に与える説明書のようなものであった。
 その文章に曰く
 アルセーヌ・ルパン、紳士強盗、予備陸軍大佐スパルミエント、同下男及び前屍体陳列所紛失屍体たる余は、ガニマールと称する者の当邸における勤務ぶりを見て、すこぶる小才あり、かつ頓智ある者なりと考ふ。依ってこれを証明す。全力をあげて職務に勉励し、何等《なんら》の根拠なきによく余の計画を看破し、保険会社をして四十五万フランの損害を妨《ふせ》ぎ得たり。ただし、階下の電話はソーニャ・クリシュノフの部屋に装置されある電話と相通ぜることを知らず、捜索課長へ通報すると同時に、余に一早く事情を報告したる功により、莫大なる保険金の損害を容赦し、かつその機敏なる智能を賞するものなり。もしそれ電話装置を看破し能はざりし如きは大功中の小過、毫《ごう》もその勝利の価を減ずべきものにあらず。ここに感嘆と尊敬との意を表す。以上。
[#地から4字上げ]アルセーヌ・ルパン



底本:「【婦人パンフレツト第八輯】アルセーヌ・ルパン」婦人文化研究會
   1922(大正11)年12月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「恰も→あたかも 貴方→あなた 如何→いかが・いかん 幾何→いくら 些か→いささか 何時→いつ 愈々→いよいよ 且→かつ 曽て・嘗て・甞て→かつて かも知れ→かもしれ 位→くらい 呉れ→くれ 此処・茲→ここ 毎→ごと 此・之→これ 流石→さすが 左程→さほど 而も→しかも 然るに→しかるに 暫く→しばらく 随分→ずいぶん 頗る→すこぶる 直ぐ→すぐ 其処→そこ その中→そのうち 沢山→たくさん 唯→ただ 但し→ただし 給え→たまえ 為→ため 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと て居→てお て了→てしま て見→てみ て貰→てもら 何うして→どうして 何処→どこ 所が→ところが 尚→なお 仲々→なかなか 何故→なぜ 計り・許り→ばかり 筈→はず 甚だ→はなはだ 一先ず→ひとまず 程→ほど 殆ど・殆んど
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