で、この間の壁布の紛失事件の時でもひどく恐れを抱いて、こんな物があるとどんな怖ろしい事になるかもしれないから、いくらでもかまわない、早く手離した方が安心だとしきりに夫に説いたほどであった。が、大佐はなかなか剛情なたちで、女達の弱音ぐらいにへこむ人ではなかった。従って錦は決して売払われはしなかった。でも十二分の用心をして、設備を加えたり、盗難保険に入ったりした。
 第一番に、庭の方に向いている、家の正面だけを警戒したら足るようにと、裏の方のジュフレノアイ街に向いた方は、下から上まで、窓も入口もすっかり壁を塗りつぶしてしまった。更に錦の飾られている室《へや》の窓という窓に、秘密の装置を施して、ちょっとでもこれに触れると、家中の電燈が一時《いっとき》にパッとともり、同時に電鈴がけたたましく鳴りひびく仕掛にした。
 保険会社の方では、それにもなおあき足らず三人の探偵を選んで、給料は先払とし、夜になると、この邸の階下にあって警戒させた。三人の探偵は経験もあり手練《しゅれん》の刑事で、ルパンを仇敵のように思っている者ばかりであった。
 大佐邸の使用人は、長年使いなれてその性質はわかっているので、大佐[#「佐」は底本では「佑」]がこれを保証した。
 こうして絶対に盗難の憂をなくするため、ほとんど要塞のように厳重な設備が出来上がったので、大佐はいよいよ邸宅改築の披露を兼ね、自慢のつづれの錦を展観させるべく一夕《いっせき》知己《ちき》を招いた。集まった人々は、大佐の入会しているクラブの会員、婦人、新聞記者、好事家、美術批評家という風に種々雑多な人々であった。
 客は門を入るや否や、まるで監獄へでも投げこまれたように思わせられた。階段の下には例の三人の刑事が、仁王立になっていて、するどい眼玉をギロつかせ、いちいち客から招待状を受取り、おまけに迂散《うさん》くさそうにジロジロ顔を見た。ほとんど身体検査をされ、指紋をとられんばかりである。蟻の這入《はい》る隙間もないとはこの事であった。
 大佐は二階で客を出迎えて、この仰山な警戒を詫びたり、そして錦の安全を期するためにほとんど万全の策がとられた事を誇ったりした。夫人はさもあきらめ顔に大佐の傍に従っていた。若々しく、美しく、気品があって、房々とした金髪、真白な肌、なよなよとして媚《なま》めかしい中に愁《うれい》を含んだ様子は、まだこのほどの事
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