した。
『ああ、嫌な夢を見た』とルパンは一晩中魘されて、全身に汗をビッショリ掻きながら目が覚めた。『ああ嫌だ嫌だ。何んだか御幣が担ぎたくなる。気の小さな奴だったら、とても堪《たま》らないね。……だが、まあいいや、ジルベールだって、ボーシュレーだってこのルパンが手を貸せば、どうにでもなるんだ。どりゃ縁起直しに例の水晶の栓でも調べてみよう』
 彼はムックリ起き上って暖炉《ストーブ》の上へ手をかけた。と同時に呀《あ》ッ! と叫んだ。不思議、水晶の栓は跡形もなく消えて無くなった。

[#8字下げ][#中見出し]※[#始め二重括弧、1−2−54]二※[#終わり二重括弧、1−2−55]九から八引く[#中見出し終わり]

 昨夜《ゆうべ》の品物紛失事件で彼自身が被害者の立場になったこの窃盗は、妙にルパンの心持を苛々させた。今彼の心中には二ツの問題が浮んだが、いずれも難解のものであった。第一に忍び入った神秘の曲者は何者であるか? マチニョン街の隠家《かくれが》を知っておるものは、彼のために特殊の秘書を勤めていたジルベールの外《ほか》には無いはずだ。しかるにジルベールは現在獄裡に繋がれておる。万一ジルベールが彼にそむいて、警官をその隠家へ送ったと想像するか? しからばなぜ当のルパンを捕縛せずに、水晶の栓ばかりを奪い去ったか。
 しかしそれよりなおいっそう奇怪な問題がある。よしんば寝室の扉《ドア》を開けたとしても――扉《ドア》を開けたことを認めねばならないが、しかも扉《ドア》には何等これを立証すべき形跡がない。しからばいかなる方法をもって寝室内へ忍び込む事が出来ただろうか? 毎夜、彼は扉《ドア》に鍵をかけて錠を下す事が永年《ながねん》の習慣になって一夜でも忘れた事が無い。しかるに、鍵にも場にも何等手を触れた形跡が無いにもかかわらず、水晶の栓は確かに紛失しておるではないか。のみならずいかに熟睡していても暗中針の倒れる音にも目を覚ますルパンが、昨夜ばかりはカタと云う音すら聞かなかったのだ!
 彼はこんな謎は事件の推移に従って自然と苦もなく明瞭になって来ると高を括って深くも頭を悩まそうとしなかった。しかし考えるといまいましくもあれば、また不安でもあるので、直ちにマチニョン街の隠家《かくれが》を畳んでしまって、こんな縁喜でもない所へまたと足をふみ入れまいと決心した。
 彼は差し当っていかにして
前へ 次へ
全69ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ルブラン モーリス の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング