が薄暗く、中を照らしている。壁はしっとりと濡れてぼたぼたと水が落ちる。おおかた今は海の底を歩いているのであろう。広い洞穴《ほらあな》のところへ出て、それから上へのぼる段があった。
「いよいよエイギュイユへのぼり始めるのだな。」とガニマールがいった。その時一人の部下が、
「こっちにも段があります。」
「ははあ、こっちからのぼれば、こっちから逃げる考えだな。」
 みんなはそこで迷ってしまった。しかし別れて進むのは、みんなの力が弱くなるというので、先に一人だけ調べに行くことになった。
「僕が行きましょう。」とボートルレがいった。
「では、頼む。もしこっちの段から逃げてきたらここで捕まえるから。もし変ったことがあったら知らせたまえ。」
 ボートルレは一人でのぼっていった。段は三十段あった。上に普通の木の扉がある。それはすぐそのまま開いた。
 中の室はなかなか広くて、たくさんの荷物がおいてある。机や椅子や戸棚が、乱暴に投げ込んであるばかりだ。そこにまた左右に段がある。少年は探偵に知らせようかと思ったが、そのまま上へのぼり始めた。三十段あった。扉がある。下の室より小さい。また三十段階段がある。扉がある。今度はまた室が小さくなっている。
 少年は、奇巌城の中の有様を見ることが出来た。奇巌城は先へ行くほど尖っているから、室がだんだん小さくなるのだ。四番目の室はもう電灯も点いていない。穴から見ると、眼の下十|米《メートル》ばかりの所に蒼い海が見える。少年は初めて、ガニマール探偵たちと遠去かったことに気づいて心細くなった。もう今度で止そうと思ってまた次の階段をのぼった。そして恐る恐る扉を開けた。この室は他の室とは違っている。壁には肘掛《ひじかけ》の布《きれ》があり、床《とこ》には絨氈が敷いてある。立派な食器を入れた二つの大きな戸棚がおかれ、外へ突き出た巌の裂目には硝子を[#「硝子を」は底本では「消子を」]嵌めて、小さい窓が出来ている。
 室の真中に、美しい食卓があって、レースの卓子《テーブル》掛が掛けてあり、その上には、果物皿や、菓子皿や、お酒の壜や、眼も覚めるような美しい盛花《もりばな》などがおいてある。そしてそこには三人分の皿がおいてある。少年が近づいてみると、その坐る場所に名前を書いた札がおいてある。
 初めのを読むと、「アルセーヌ・ルパン。」
 それと向き合って、「アルセーヌ・ルパン夫人。」
 三人目のを見ると少年はあ!と驚いて飛び上った。驚いたのも無理はない。その名前は、
「イジドール・ボートルレ君!」

            意外、意外、現われたその人は

 その時、さっとカーテンが開かれた。
「やあ、こんにちはボートルレ君、たいへん遅いじゃないか。お昼に一緒に御飯を食べようと思って待っていたんだよ。おや、君はなぜ僕ばかり見ているんだよ。」
 ルパンとの闘いの間にはもう幾度となく驚かされているので、いよいよ最後にはどんなことが起るかと覚悟はしていたものの、これはまた意外にも意外、余りに思い掛けないことである。
 少年の眼の前に現われた人、その人は他ならぬバルメラ男爵ではないか。バルメラ男爵!かのクリューズ県のエイギュイユ城の持主《もちぬし》であったバルメラ男爵!、少年が父を救い出すために力を貸してもらったバルメラ男爵!、その城へルパンを捕えに警察の者を案内したバルメラ男爵!
「あなたが……あなたが……じゃああなたなんですか!」とボートルレはおろおろ声。
「そうさ、今度こそ本物のアルセーヌ・ルパン、どうぞよく見てくれたまえ。」
「では、あの令嬢は?」
「そうそう、たしかにそうだ。」とルパンはまたカーテンを開けて合図をした。すると出てきた夫人は、
「アルセーヌ・ルパン夫人!」
「あ!、レイモンド嬢。」と少年は口もきけない。
「いやルパン夫人だよ。バルメラ夫人でもよろしいがね。立派に結婚式を挙げた我輩の妻だ。それもボートルレ君、君のおかげだよ。」
と、ルパンは少年の前に手を差し出した。
 少年はこの時不思議に、何の腹立ちも起らなかった。少年はルパンの偉さに感心してしまった。二人は親しげに手を繋ぎ合った。給仕が食事の仕度が出来たといってきた。三人は食事をし始めた。少年がレイモンド嬢を見ると、彼女はすっかりルパンを信じ、頼っている。しかし何事か心配しているようだ。下にガニマールが来ているのも知らぬげにと、種々《いろいろ》話していたルパンは、ふと彼女の心配げな顔を見て話を途中で切った。
「ね、下に何か音がしますわね、聞えるでしょう。」
「何、何でもないよ。浪の音だよ。」
「いいえ、違いますわ、あの音は。」
「違っても構わないよ。」とルパンは笑った。そして給仕に向って、「おい、お客様のいらしったあとの扉は、ちゃんと閉めておいたろうね。」
「はい、
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