らないかも分ります。」彼は落ちつき払って、「そして僕のお父さんは誘拐なんぞされません!」
二人はお互に鋭い眼光で睨み合って、物もいわず油断なく構えて、今にも血腥《ちなまぐさ》き[#「血腥き」は底本では「血醒き」]ことが起りそうに見えた。ああこの恐るべき闘争に勝つ者は誰ぞ。
悲痛の打撃
ルパンはやがて呟いた。
「今夜、午前三時、俺の中止命令がなければ俺の部下二名が、貴様の親父の室へ入り、言葉で欺《だま》すか、力ずくでやるか、どちらにしても親父をさらって連れ出し、ガニマールやショルムスがいる所へ送り込むことになっているんだ。」
と、言葉も終らぬうちにボートルレは高々と笑い出した。
「はははは大盗賊のくせに、僕がそんな用心はもう遠《とお》にしているということぐらい分らんかなあ、ははは、僕はそんな馬鹿じゃありませんよ。はははは」
少年は両手をポケットへつっ込んで室の中をあちこち歩きながら、鎖につながれた猛獣にからかっているいたずらっ子のように気楽に力んでいる。彼はなお静かにつづける。「ねルパン君、君は君のやることなら間違いはないと思っているんですね。何という己惚《うぬぼ》れでしょう、君がいろんなことを考えるように、他の者だってやはり考えをめぐらしているんですよ。」
少年は今こそ巨盗のあらゆる憎むべき行《おこない》に対して、痛烈に[#「痛烈に」は底本では「通烈に」]復讐の言葉を浴びせている。彼はなお、
「ルパン君、僕のお父さんは、あんな寂しいサボア県なんかにはいやしないんだよ。聞かせてあげようか、お父さんは、二十人ばかりの友人に守られて、シェルブールの兵器庫の役人の家にいるんです。夜になると堅く門を閉め、昼間だってちゃんと許しを受けないと入ることの出来ない兵器庫の中ですよ。」
少年はルパンの面前で立ち止り、子供同志がべっかんこをする時のように、顔を歪めて嘲《あざけ》った。
「え、どうです先生!」
しばらくの間ルパンは身動きもせずに立っていた。彼は何を考えているのであろう。今にも少年に飛び掛るのではないかとさえ思われた。
「え、どうです、先生?」とまた少年は嘲笑った。
ルパンは卓上にあった電報をとり上げて少年の眼の前に差しつけながら、凄い落ちつきを見せていった。
「ごらん、赤ちゃん、これをお読み!」
ボートルレは、ルパンのその態度にた
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