つくりは、石油|缶《かん》、木のバケツ、かんづめの木箱、帆布《ほぬの》と索《つな》とでつくったもっこ、これらに、シャベルで砂をいれては、高いところへ運んだのだ。
 ところがこれは、たいへんなことであった。というのは、蒸溜水《じょういりゅうすい》をやめて、しおからい、石灰分の多い井戸水ばかりを飲み出してから、十六人とも、おなかのぐあいがわるくなっていたのだ。ひどい下痢をおこして、まるで、赤痢にかかったようになってしまった。薬はなんにもないのだ。どうなることかと、たいそう心配したが、とにかく、砂山は早くつくらなければならない。みんな、元気をだして、作業にとりかかった。
 ひどい下痢にかかっているので、気ははっているが、力が出ない。一、二度運んでは、しばらく休まないと動けない。そして汗がでて、のどがかわいて、水が飲みたい。水は、やっと飲めるくらいの井戸水しかない。その井戸水で、おなかをわるくしたのだ。
 飲み水の不自由は帆船には、つきものであった。昔から船の人は、大海のまんなかで、ずいぶん水にこまって、いろいろのことをした。のどがかわいても水のないときは、着物をぬらして、皮膚から水分をすいこませたり、また小石を口にふくんだり、鉛をなめたり、とうがらしを少しずつかむと、一時は、のどのかわきがとまるといい伝えている。
 それで、われら十六人も、漁業長が、つり糸につけるおもりにしようと持ってきた、うすい鉛の板をなめては、砂を運んだ。
 仕事は、ちっともはかどらない。工事をはじめてから、二日めになった。
「ちりもつもれば山だ。いまに高い砂山ができるぞ」
「重いと、よけいにつかれるから、少しずつ運ぼう」
「車があるといいなあ」
「できない相談は、いわない約束だよ」
「しかし、引っぱると仕事はらくだな。そうだ、いいことがある」
 練習生の浅野が、正覚坊の甲をあおむけにして、索をつけ、これに砂を山もりにして、三人で引く、代用車を考えだした。
 こんなことをして、三日、四日と、こんきよく働いた。みんな、気もちのわるいおなかをさすって、うんうんうなりながらも、
「人間さまだよ、蟻《あり》にまけるな」
 と、たがいにはげまし合った。
 小笠原《おがさわら》老人は、おなかの痛さに、とうとうへたばってしまった。しかし、口だけは、あいかわらずたっしゃだ。砂にどっかり腰をおろして、手まねをしながら、しゃべっている。
「さあ、さあ、わかい連中は、砂を運んだ、運んだ。お山ができたら、そのてっぺんに、おいらが立つね。そうしていちばん先に、帆を見つけるのだ。いい声でどなる。
 帆だよう。船だあ。
 するとおまえたちが、飛び出してくる。まっ白い帆をかけた、まっ白い船が、島へちかよって、ボートをおろすね。ぐんぐん漕《こ》いでくる。おなかがへっているだろうといって、ミルクとバターとお砂糖の、うんとはいったビスケットを持ってくるね。まあ、こんなもんだ。みんな、砂運びにせいをだせよ」
 一同は、思わず笑顔になる。一人が、
「おやじさん、へたばったのか」
 というと、
「なによ、わかい連中に、まけるものか、うんとこしょ」
 小笠原は、砂を入れた石油缶をかかえたが、持ちあがらない。しりもちをついて、赤いもじゃもじゃひげは、砂だらけ。みんな、おなかをかかえて大笑いをする。笑うと、つかれがぬける。こうして、苦しい砂運びを、愉快につづけるのであった。
 私は、先にたって、砂を運びつづけた。五日めには、腹ぐあいが、とてもわるくて、はげしく痛みだした。すこし休んだらよくなるかと、作業場をはなれて、天幕《テント》にはいったが、みんな苦しい思いをして働いているのに、じぶん一人、ごろり横にもなれない。しかたなく、万年灯《まんねんとう》をつりさげてある丸太に、腰をかけた。
 ここから、砂運びをする人たちの、働くすがたを見ていると、みんな病人で、ゆるやかに動いている。しかし、それは、大洋の波が、ゆるやかではあるが一つの方向に、はてしもない強い力でどこまでも進んで行く、あの偉大なすがたとおなじような感じが、せまってくる。それは「力」だ。なんでもやりとげるまでは、おし進む、あたってくだくか、くだけるか、そこしれぬ力だ。砂運びをする人たちは、砂山つくりの目的に、身も心もうちこんで、全員一かたまりとなって、下痢や腹痛に苦しみながら、たださかんな精神力だけで、動作はゆっくりだが、たゆまずに進んでいるのだ。これが、日本の海の勇士の、すがたなのだ。なんというりっぱなすがただ。しぜんに頭がさがる。
 だが、日ざかりの強い日光は、はだかの全身をじりじりとてりつけて、病人からあぶら汗をしぼりださせ、白い珊瑚《さんご》の砂に反射する日光は、きらきらと目をいるのだ。日かげの天幕のなかでさえ、この大自然の熱い熱い息が、ふうっと
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