きな男だったので、第一にコンデンス・ミルクの箱をとり出した。なかには、使い残りの二十八缶があった。二番めにもぐって、牛肉のかんづめの木箱。それから、羊肉《ようにく》かんづめ、くだもののかんづめ。かんづめの入れてある重い木箱を、手さぐりで、一生けんめいとり出した。この貴重なかんづめは、みんなぶじに岩にとどいた。
 漁具は、漁業長が、せっかく集めておいたのに、いつのまにか、波がさらっていった。これにはみんながっかりした。

 いろいろの品物を、船から送った岩は、船よりは、もちろん大きかった。船に面した方は、波がうちあたって、白くあわ立った海水が、岩によじあがろうと、しぶきを立ててくるっている。しかし、その反対がわの岩のかげになっている方は、岩が防波堤となって、静かな水面となっている。岩の裏表の海の変化は、じつにひどい。十六人にとっては、岩の裏の静かな水面は、よい港であった。
 ひっくりかえった伝馬船をおこして、水をかい出し、櫓《ろ》や櫂《かい》をひろい集めて、岩かげの港につないだ。流れよった品物は、何もかも、岩の上につみあげた。
 伝馬船は、十六人がのれば、山もりになって、もうなにもつめない。そこで、細長い、三角形の筏《いかだ》を作って、荷物をつむことにしようと、筏の材料を、船から、手あたりしだいに、取りはずして岩に送った。円材、帆桁《ほげた》、木材、大きな板、部屋の戸などを海に投げこむと、波は、すうっと、岩まで運んでくれる。岩の上の人たちは、それをひろって、うらの港で、せっせと三角筏に組み立てた。

 こうして、時のたつうちに、船も、だんだん波にこわされてきた。いつまでも居残って、あんまりよくばっていると、ついには命があぶない。もうきりあげよう。それにこれから、ながい年月住めるような島を、さがしに行かなければならない。
 私たち五人は、ついに、龍睡丸《りゅうすいまる》に心をのこして、じゅんじゅんに、索道で岩にあがった。
「総員集合」
 岩の上に、みんなを整列させて、点呼をして、一人一人しらべてみると、全員ぶじで、けがひとつしていない。私はいった。
「どうだ、この大波をくぐっても、一人のかすり傷を受けた者もない。まったく、神様のお助けである。これは、いつかきっと、みんながそろって、日本へ帰れる前兆にちがいない。これから島へ行って、愉快にくらそう。できるだけ勉強しよう。きっとあとで、おもしろい思い出になるだろう。みんなはりきって、おおいにやろう。かねていっているとおり、いつでも、先の希望を見つめているように。日本の海員には、絶望ということは、ないのだ。
 筏は、ここにつないでおき、荷物は、岩の上において、これから伝馬船で、島をさがしに行くから、島を見つけだし、いどころがきまってから、筏を取りにひき返そう。
 伝馬船には、井戸掘道具、石油の空缶五、六個、マッチ、かんづめ一箱、風がふきだしたら、帆にする帆布と、帆柱にする丸太、たきぎにする板きれを積め、用意ができたら、すぐ出発」
 私の訓示とげきれいに、一同はこころよくうなずいて、出発の用意にかかった。
 用意はすぐにできた。
「伝馬船、用意よろし」
 運転士は、大声で報告した。
「出発」
 私の一令で、十六人の乗りこんだ伝馬船は、岩をはなれた。

   龍睡丸《りゅうすいまる》よ、さらば

 風のない朝の大海原を、たくみに暗礁《あんしょう》のあいだをくぐりぬけ、うねりの山を、あがったりおりたりして、北をさして、こぎすすんだ。
 うねりの山のいただきに、伝馬船《てんません》がもちあげられる時には、難破している龍睡丸が見える。龍睡丸は、わかれをおしむのであろうか、帆柱が、ぐらぐらゆれている。かわいそうに、こうしてはなれたところから見ると、大波にうちたたかれて、たえず、白い波が船体をつつんでいる。あんな大けがをしても、くだけるまで、勇ましく波と戦っているのだ。なつかしい龍睡丸。
「ながい間、生死をともにして、波風をしのいできた龍睡丸。おまえを見すてて行くのも、十六人はお国のために、生きなければならないからだ。不人情な人たちと思うかもしれないが、われわれの心も察してくれ。おまえだって、りっぱなさいごだ。犬死ではない。さらば、わかれよう――これが見おさめか、さらば――」
 心のなかで手を合わせたのは、船長の私ばかりではあるまい。だれの目にも、なみだがあった。
「いい船だったなあ――」
「ああ、粉みじんか、かわいそうに」
「泣くなよ」
「おまえだって、泣いてるくせに……」
 ふりかえり、ふりかえり、北をさして、伝馬船は漕《こ》ぎすすんだ。

 伝馬船は満員で、櫓《ろ》と櫂《かい》が、やっと漕げた。小笠原《おがさわら》老人は、岩に流れついたおわんと、ほうきのえの竹を、だいじに持っていた。
「老人、つ
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