に近くなる。ついにわれらの伝馬船は、帆船へ漕ぎついた。帆船から投げてくれた索《つな》をうけとって、伝馬船は帆船の舷側《げんそく》につながれ、上からさげられた縄梯子《なわばしご》をつたって、私たちは、さるのようにすばやく、帆船の甲板におどりこんだ。
 まっさきに甲板に立った私は、むらがって、私たちを見まもる船員の中央に立っている人を、一目見て、思わず、「あっ」とよろこびの声をあげてしまった。それは、この帆船|的矢丸《まとやまる》の船長で、私にとっては友人の、長谷川《はせがわ》君であったのだ。大洋のまんなかで、二人は感激深い対面をしたのである。

   的矢丸にて

 私たちの漕《こ》ぎつけた船、スクーナー型、百七トンの的矢丸は、政府からたのまれて、遠洋漁業をやっている帆船《はんせん》である。めったに船のくるところではない、このへんの海の漁業調査のため、パール・エンド・ハーミーズ礁《しょう》の北の沖を、西にむかって、暗礁《あんしょう》をよけて航海中、とつぜん、水平線に黒煙が二すじ三すじ、立ちのぼるのを見た。
「たぶん、外国の軍艦でも遭難しているのだろう。錨《いかり》のとどくところがあったら、ともかくも、碇泊《ていはく》しよう」
 それで錨を入れたのは、われらの本部島から、十二カイリ(二十二キロ)の沖であった。
「ボートらしいものが、やってきます」
「日本の伝馬船《てんません》です」
「乗っているのは、まっ黒い、はだかの土人です」
 望遠鏡で見はっていた当直の者から、このような、やつぎばやの報告を受けて、的矢丸の長谷川船長は、遭難した土人が漕ぎつけてくるのだ、と思いこんでいた。
 そこへ、縄ばしごをつたって、甲板によじのぼってきたのは報告どおりの、まっ黒な土人が五人。酋長《しゅうちょう》らしいのが、ただ一人、気のきいた服装をしている。その男が甲板に立って、きっと、こちらを見つめていたが、とつぜん、大きな声で、
「あっ。長谷川君」
 とよぶと、飛びつきそうなかっこうで、両手をひろげて、せまってくる。
 長谷川船長は、びっくりした。
「ええっ」
 目をすえて、土人を見きわめようとするまに、両うでを、力いっぱい、土人につかまれてしまった。でも、友人はありがたい。すぐにわかった。
「やっ。中川君。どうした――」
「龍睡丸《りゅうすいまる》は、やられた……」
「みんなぶじか」
「全員ぶじだ」
 それから私は、船長室にあんないされて、ひととおり遭難の話をしてから、すくってくれるようにたのんだ。
「われわれ十六人を、今すぐすくってくれれば、これにこしたことはない。しかし、君の船はまだ漁業がおわらないのに、急に十六人がやっかいになっては、食糧や飲料水にもこまるだろうし、漁業のさまたげにもなって、めいわくだろう。そこで、どうだろう、一人だけ日本へつれて帰って、報効義会《ほうこうぎかい》へ遭難のようすを報告させてくれないか。もし、それもできなければ、手紙一本だけ日本へ持って帰って、とどけてくれないか。今のところ病人が二人あるが、まだ一年二年は、命にさしさわりはあるまい。それに、十六人は今までの研究で、これからさき何年でも島でくらして行ける自信がある。米もまだ、節約したのこりが、三斗五升(六十三リットル)はあるから」
 両うでを組んで、目をつぶってきいていた長谷川船長は、
「君も知っているように、的矢丸は、やっと目的の漁場についたばかりだ。これから、ほんとうの仕事をはじめるところだ。今すぐ君たち十六人を、この船にひきとって、ここから、日本へ引き返すことはできない。それで、漁業がおわってから、みんなを日本へつれて行こう。それにしても、この島にいたのでは、命とたのむ飲料水にこまるだろう。さしあたり、いい水の出るもっと大きな島、ミッドウェー島に、十六人を明日にも送りとどけよう。そしてミッドウェー島で、的矢丸の漁業のすむまで待っていてくれ。
 米も寝具も服も何もかも、もう不自由をさせないよ。いい薬もある。
 ミッドウェー島は、ここから六十カイリばかり北西の方だ。ともかく今夜は、この船にゆっくりとまって行きたまえ、米のめしをごちそうするよ。あすの朝、本船をできるだけ島によせるから」
 といってくれた。

 その間、水夫長と三人の水夫は、水夫部屋にみちびかれて、心から同情する的矢丸乗組員の、まごころこめての接待をうけた。
 そして、きかれるままに、島生活の話をした。四人をとりまいて、目をまるくして、ねっしんに聞き入る人々は、ことごとに感心して、
「ふうん」
「ほほう」
 と、ときどき、声をたてたり、ためいきをついたりした。病人とアザラシの胆《きも》とりの話をきいて、なみだぐむ人もあった。
 的矢丸の水夫長が、
「本船には、いい薬がありますよ、なにしろ役所からの命令船
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