かめは産卵のため、夜、島にはいあがる。そして、砂地を後足で、ていねいにほって、そこに、正覚坊は、一頭が、九十から百七十個ぐらいの卵を生み落し、その上によく砂をかけて、海へ帰って行く。タイマイは、一頭で、百三十から二百五十個ぐらいの卵を生むことが、わかった。
かめは卵を生みつけてから、ていねいに砂をかけておくけれども、足あとを砂の上にはっきり残しておくので、卵のある場所は、われわれには、たやすく見つかった。
さて、かめが卵を生みつけた砂の表面は、日中はよく陽《ひ》があたって、砂の中は、ほどよい温度度をたもっているので、卵があたためられて、かえるのである。こうして、三十五日すると、しぜんに孵化《ふか》した、さかずきぐらいの大きさの赤ん坊がめが、くもの子を散らすように、ぞろぞろ砂からはいだして海へ海へとはって行くのだ。
正覚坊の卵は、うまい。鶏卵より小さくて、丸く、灰白色の殻はやわらかで、中にはきみとしろみがある。そして、いくらゆでても、しろみがかたまらない。
タイマイの卵も、うまい。しかし、その肉はにおいがあって、食用にならない。そしてこのかめは正覚坊よりは元気があって、よくかみついた。
正覚坊のことを、一名アオウミガメというのは、暗緑色で、暗黄色の斑点《はんてん》があるからで、大きさも、形もよくにた海がめにアカウミガメというのがある。これは、からだが、うすい代赭色《たいしゃいろ》で、甲は褐色であるからだ。アカウミガメの肉は、においがあって、食用にならない。肉ににおいのあるかめは肉食をして、魚をたべているかめで、正覚坊は海藻《かいそう》をたべているから、においがないのだ。
われわれは、魚とかめが常食で、卵がごちそうであるが、残念ながら野菜がない。
「青いものがたべたい」
と、だれもが思った。
そこで、島に生えている草を、よくしらべてみると、四種類あることがわかった。
その中の一つは、葉をかんでみたら、ぴりっと辛かった。根をほってかむと、まるでワサビのようであった。
「これは、いいものを見つけた」
と、それからは、この島ワサビをほって、さしみにそえて、たくさん使った。気のせいか、島ワサビをたべはじめてから、おなかのぐあいもいいようだった。
おなかのぐあいといえば、鳥の卵と、かめの卵ばかりを、毎日たべつづけたとき、十六人とも、大便がとまってしまった。これには、まったくこまった。下剤がほしいが、そんなことをいったって、薬があるはずがない。しかしどうにもしかたがなくなったとき、目の前に無尽蔵《むじんぞう》にある海水を、おわんに半分ぐらい飲んだ。ずいぶんらんぼうなことだが、そうするとおなかがぐうっと鳴りだして、すぐおつうじがある。まったくの荒療治で、これでは、からだがよわるばかりで、くりかえしては、健康のためによくない。そこで、卵ばかりたべずに、かめや魚をとりまぜた献立を、料理当番に命令した。
アザラシ
島には、小さな半島があって、そこに、ヘヤシールという、小型のアザラシのいたことは、前に話したが、それについて私は、
「アザラシのところへは、だれも行くな。アザラシに、人間をこわがらせてはいけない。大病人のでたとき、アザラシの胆《きも》を取って、薬にすることもあろう。また、冬になって、アザラシの毛皮をわれわれの着物にすることもあろう。いよいよ食物にこまったら、その肉をたべよう。それには、いざという時、すぐにつかまえなくてはなんの役にもたたない。われわれは、小銃ひとつないのだ。手どりにしなければならないから、かれらに人間をこわがらせないように、だれもアザラシの近くに行くな」
と、みんなに、かたくいいわたしておいた。
ところが、十六人の中に、とても動物ずきな漁夫がいた。それは、国後《くなしり》である。かれは少年時代から、犬ねこはもとより、野の小鳥までもならした。口ぶえでよぶと、野の小鳥が、かれの肩にとまったというのだ。かれが漁夫見習となって、漁船に乗って、カムチャッカに行ったとき、アザラシの子をつかまえて、よくならしたことがあった。この島でも、アジサシのひなが、かれにはよくなついた。
半島に、二、三十頭、いつでもごろごろしているアザラシを目の前に見て、動物ずきのかれは、じっとしていられなかった。船長の命令は、やぶることができない。しかし、いく日も、がまんにがまんしたあげく、かれは三日月の夜、つった魚をおみやげに持って、一人こっそり、天幕《テント》をぬけ出して、アザラシに近よって行った。まだ人間を知らない、毛皮の着物をきた動物は、はだかの人間と、すぐになかよしになった。
それからは、夜中や、朝早く、少しの時間、かれとアザラシはいっしょにいた。かれが、この海の友だちの、のどやおなかをなでてやると、アザラシ
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