を考へてみなければならぬやうな氣持になつて來ました。私は一まづ筆をおいて、體を横にして、しばらく思に耽らうと思ひます。
(午後三時書き次ぐ)また少し胸が痛む……あの變な、何ともいへぬ不氣味なうづき、けれどもそれに心を假してゐると、また氣が滅入つて仕樣がないから、構はず先を書いて行きませう。病氣よ私はお前に感謝する、なぜならばお前は私の胸に巣をくつて、そのかはりには、脂肪と垢との健康から私の精神を洗つてくれたから。
早いものですね、私達が結婚してからもう七年になります。その七年の間、ざつといへばあなたも私も大變不幸でした。それは爭と、煩悶と、迷との年月でした。勿論私達は相愛さなかつたわけではないけれど、しかもそのために却へてくるしみを得ました。二人の結合を折々宿命的に考へることがあつても、これが必然の運命と思ひ切れぬところに、すべての錯誤と、焦慮と、苦惱とがありました。それを分類すれば、第一に二人の性格の相違、あなたは澄まうとする、私は泡を立てる。あなたは眠らうとする、私は笑はうとする。あなたが靜寂を欲すれば、私は歌ひ、話し、踊ることを喜ぶ。さうしてお互に己の欲する所に從つて、讓る事をしませんでした。殊にそれは我儘な私の場合に於てさうでした。
『なんて我儘な女だらう!』
『えゝ、私は我儘よ。』
それがいけないのですかと言はぬばかりに、私はあなたの情なささうな顏を意地惡く見つめる。
『またヒステリーがはじまつたね。』と、仰しやれば、
『えゝ、私はヒステリーよ。』と、すまし込んで、しかも寧ろ得意さうな顏付をする。
あなたは默つてしまふ。
かういふ調子は不斷の有樣でした、しかも私はそれで幸福でしたらうか、いゝえ、決して! さういふ時、私はあなたがいつも諦めたやうな顏をなさるのが殊に大きらひでした。そして默つて机に向つて、こつこつと例の飜譯ものにかゝつてしまふあなたの後姿を、どんなにうらめしく憎らしく眺めやつたことでしたらう。
四
一口にいへば、あなたは熱のない人でした。いつも同じやうにたひらかであるかはり、感情が堰かれて迸るといふやうな事もあまりなく、靜に默つて、いつまででも同じ所に坐つてゐられるやうな人でした。私ははじめ、あなたつて人は決して汗をかゝない人のやうに思つてゐました。どんな眞夏でも、あなたの落ち着いた顏を見てゐると、どうしたつてそ
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