あるといふお誂向で、常にはお互に多少營業上競爭心は持つてゐても、それが彼に取つて適當した刺戟とはなつても、決して邪魔にならぬ程度のものなのであつた。幸吉は正兵衞のお人好なところに、また彼よりは確に曲つた事の嫌な堅い所に一目を置いてゐるけれども、そしてその爲にこそ彼が安心して、初めて自分をある程度にまで開放する事が出來るのであるけれども、目先がきく點とか、手腕があるとかいふ點については、彼は常に内心密に優越を感じてゐるのであつた。しかも如才のない彼は、自分達の何代か前かゞ、正兵衞の家の出であるといふ事と、本家綿屋の基礎には町の信用がある事とによつて、何事にまれ本家が本家がと立てゝゐるのであつた。
正兵衞と差向でしやべることについては、彼は別に何等の警戒もいらないのを長い間の交際で知つてゐた。なぜなれば正兵衞は彼に決して背負投を喰はしたり、又は親密な言葉のうちに或事を謀つたりするやうな男では決してなかつたから。といつて正兵衞を除いたその他のあらゆる人達が皆油斷のならぬ人間では決してなかつたけれど、彼は自分の常に隙のない心構に比較して、是非人々をさう見なければならなかつたのだ。ところが正兵
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