、彼ほど敏活ではなかつたけれども、心を合せて自分達を泥沼のやうな貧困の中から拔き出すのに協力したので、今ではともかくも兄弟が一つづつの店を持つて、町の一流二流どこにはまだ遠く遠く及ばないにしても、その家族が多い事と、(弟達もそれぞれ嫁を迎へて、皆子福者であつた。それだのに彼はその長女に婿まで取つた。彼の方針は、飽迄も一家に働き手を殖す事にあるらしい。)兄弟揃つてなりふり構はず働く事とで、一寸藝あそびの一つもするのを伊達と心得てゐる町の壯丁仲間からは相手にされなかつたかはり、昔氣質の人達からは感心な若者達だと思はれて來た。
近年になつて幸吉は、町の最も繁華な場所に家屋敷を買つて店を擴げた。それは四辻の角になつてゐる最も場所のいゝ所で、殊にはこまごまとした雜貨類の賑なところから、通りすがりにはいかにも隆盛な店のやうに見えるのであつた。彼はさう内輪のことに立ち入つて、知つてない餘所の取引先などには、無を有にして見せるだけの十分の手腕を持つてゐた。けれども彼は、まだどうしてなかなかこの位の所に滿足し安心しきつてゐるのではなかつた。なるほど昔にくらべたなら、それは世界が違ふ程の違であり、ひとり
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