行つた火鉢の火がまつ赤に燃え、ある部分は早くもその表面を灰にしながら、部屋の中を暖めてゐた。鐵瓶の湯は煮えたち、かはいらしいおちよぼ口から揚げる湯氣に陽炎がたつてゐる。
私はつめたい疊を踏んでいきなり窓を開けた。――おゝ、なんといふそれは美しい眺であつたらう! 雪はすつかりあがつてゐた。さうしてあらゆる地と、丘と、草木と、建物とが、この上もなく清く洒した布で蔽はれたやうに、さうして何もかもが清められたやうに、靜に息づいてゐる。その見るかぎりの白さには全く思ひもかけぬ青空が、驚異そのものゝやうに瞬き、さうしてどこからともなくさす朝の日の輝が、やんわりとそれらを包んでゐる。何といふ今朝の、このすべてが清々と美しく輝いてゐることであらう!
さうだ、それにちがひない、それは昨夜のくるしみによつて贏《か》ち得た朝であるから……でなければ、それは單に雪のあしたの眺に過ぎないであらう……私は奇蹟を見たのだ。
底本:「叢書『青踏』の女たち 第10巻『水野仙子集』」不二出版
1986(昭和61)年4月25日復刻版第1刷発行
底本の親本:「水野仙子集」叢文閣
1920(大正9)年5月3
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