認識を深くして、永遠の理想に向かって心を向けることである。われわれは新興国民として古今東西に通ずる大原理に立って世界に躍進するゆえんの道を考えねばならぬ。不朽の典籍に親しんでその良心と理性を満足せしむることは大国民としての根本的教養であらねばならぬ。日本の現代文化はあまりに急速に発展せしため、その根底において堅実を欠く憾みがある。これを培養充実するには古典の普及に俟つところが多い。古典は永遠に生く。その普及は、人生の問題においても社会実現の問題においても、常にその根本的解決に指針を与えるものである。私は従来力を入れてきた岩波文庫に対する態度にさらに拍車を加えてその編集と普及との万全に努力しようと思う。田口卯吉先生は学者として、識見家として尊敬すべき方であるが、出版の先覚としても私は常に私淑している。先生が出版に関して真に世のためになる良書ならば経済的にも酬いられるといわれたときくが、文庫も大方の支持を得て今は経済的にも成績を上げるようになった。
岩波文庫は刊行以来わずかに十余年、未だ千点に達しない。レクラム文庫が三代にわたり一万に近い点数を刊行するに対し、前途なお遼遠といわねばならぬ。幸いに志業ようやくその緒につくことが出来たのは、大方読者諸君子の厚志によると深く感謝している。ただ志いたずらに高く、微力にして期するところ意に従わず、幾多の不備、粗漏があって古典を冒涜することなきかを恐れている。今後も御批判、御忠言、御希望を惜しまれることなく、岩波文庫をして信頼すべき古典の一大集成たらしむるため御鞭撻を賜わらんことを切に御願いする。
[#地から2字上げ](昭和十三年九月十九日『東京帝国大学新聞』)
底本:「出版人の遺文 岩波書店 岩波茂雄」栗田書店
1968(昭和43)年6月1日第1刷発行
1969(昭和44)年2月11日第2刷発行
初出:「東京帝国大学新聞」
1938(昭和13)年9月19日
入力:鈴木厚司
校正:染川隆俊
2009年3月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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