いのである。

 ある日の午後の黄昏《たそがれ》に近いころであった。彼は例のごとく夢みるような心持ちで、この町の目貫《めぬき》の大通りをあるいていると、学生仲間のひとりが肩をたたいて声をかけた。そうして、自分は古い鎧《よろい》をみつけて、それを手に入れたいと思うから、裏通りまで一緒に来てくれないかと言った。
 コスモは古代および現代の武器については非常にくわしく、斯道《しどう》の権威者とみとめられていた。ことに武器の使い方にかけては、学生仲間にも並ぶ者がなかった。そのなかでも、ある種の物の使い方に馴れているので、他のすべての物にまで彼が権威を持つようにもなったのである。コスモは喜んで彼と一緒に行った。
 二人は狭い小路に入り込んで、ほこりだらけな小さい家にゆき着いた。低いアーチ型の扉《ドア》をはいると、そこには世間によく見うける種《しゅ》じゅの黴《かび》くさい、ほこりだらけの古道具がならべてあった。学生はコスモの鑑定に満足して、すぐその鎧を買うことに決めた。
 そこを出るときに、コスモは壁にかけてあるほこりだらけの楕円形の古い鏡に眼をつけた。鏡の周囲には奇異なる彫刻があって、店の主人がそれを運んだ時、輝いている灯に映じても、さのみに晃《ひか》らなかった。コスモはその彫刻に心を惹《ひ》かれたらしかったが、その以上に注意する様子もなく、彼は友達とともにここを立ち去ったのである。二人は元の大通りへ出て、ここで反対の方角に別れた。
 独りになると、コスモはあの奇異なる古い鏡のことを思い出した。もっとよく見たいという念が強くなって、彼は再びその店の方へ足をむけた。彼が扉を叩くと、主人は待っていたように扉をあけた。主人は痩せた小柄の老人で、鉤鼻《かぎばな》の眼のひかった男で、そこらに何か落とし物はないかと休みなしにその眼をきょろつかせているような人物であった。コスモは他の品をひやかすようなふうをして、最後にかの鏡の前へ行って、それを下ろして見せてくれと言った。
「旦那。ご自分で取ってください。わたくしには手が届きませんから」と、老人は言った。
 コスモは注意してその鏡をおろして見ると、彫刻は構図も技巧も共に優れていて、実に精巧でもあり、また高価の物でもあるらしく思われた。まだその上に、その彫刻にはコスモがまだ知らない幾多の技巧が施されていて、それが何かの意味ありげにも見えた。それが彼の趣味と性格の一面に合致しているので、彼は更にこの古い鏡に対して一段の興味を増した。こうなると、どうしてもこれを手に入れて、自分の暇をみてその縁《ふち》の彫刻を研究したくなったのである。
 しかし、彼はこの鏡を普通の日用にするような顔をして、これはずいぶん古いから長く使用にたえないだろうと言いながら、その面《おもて》の塵《ちり》を少しばかり拭いてみると、彼は非常に驚かされたのである。鏡の面はまばゆいほどに輝いていて、年を経たがために傷んでいる所もなく、すべての部分が製作者から新しく受け取ったと同様に、清らかに整っているのである。彼はまず主人にむかってその値《あた》いを訊《き》いた。
 老人は貧しいコスモがとても手を出せないような高値を吹いたので、彼は黙ってその鏡を元のところに置いた。
「お高うございましょうか」と、老人は言った。
「どうしてそんなに高いのか、理屈がわからないな」と、コスモは答えた。「わたしの考えとはよほどの距離があるよ」
 老人は灯をあげて、コスモの顔を見た。
「旦那は人好きのするかただ」
 コスモはこんなお世辞にこたえることのできない男である。彼はこのとき初めて老人の顔を間近に見たのであるが、それが男だか女だか分からないような、一種の忌《いや》な感じを受けた。
「あなたのお名前は……」と、老人は話しつづけた。
「コスモ・フォン・ウェルスタール」
「ああ、そうでしたか。なるほど、そういえばお父さんに肖《に》ておいでなさる。若旦那、わたくしはあなたのお父さんをよく存じておりますよ。実をいうと、このわたくしの家《うち》の中にも、あなたのお父さんの紋章や符号のついた古い品がいくつもあります。そうでしたか。いや、わたくしはあなたが気に入った。それでは、どうです。言い値の四分の一で差し上げることにいたしましょう。但し、一つの条件付きで……」
 それでもコスモにとっては重大の負担であったが、そのくらいならば都合が出来る。ことに途方《とほう》もない高値を吹かれて、とても手がとどかないと思ったあとであるから、いっそうそれが欲しくなった。
「その条件というのは……」
「もしあなたがそれを手放したくなったらば、初めにわたくしが申し上げただけの金をわたくしにくださるように……」
「よろしい」と、コスモは微笑しながら付け加えた。「それはまったく穏当な条件だ」
「では、
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