けに、美しく若い二人にとってはその恋を叱られたことが、限りなくも悲しかったに違いないのである。
お登代が泣き濡れた睫毛《まつげ》に雫をためて、思い出したようにまた言った。
「それにしてもあんまりで厶《ござ》ります……。殿様もあんまりで厶ります。……」
「ならぬ! 言うでない! なりませぬ!」
勃然《ぼつぜん》として道弥がうなだれていた面をあげると、きびしく制して叱った。
「殿様をお恨みに思う筋は毫《ごう》もない。お目を掠《かす》め奉った二人にこそ罪があるのじゃ。正直にこれこれとも少し早うお打ちあけ申し上げておいたら、屹度《きっと》御許しもあったものを、今までお隠し申し上げておいたのが悪かったのじゃ。なりませぬ! 殿様にお恨み申し上げてはなりませぬ!」
「いいえ申します。申します。隠した恋では厶りましょうと、あれほどもおきびしゅうお叱りを受けるような淫《みだ》らな戯むれでは厶りませぬ。それを、それを、只のひと言もお調べは下さりませいで、御追放遊ばしますとはあんまりで厶ります。あんまりで厶ります」
「ならぬと言うたらなぜ止《や》めませぬ! どのような御仕置きうけましょうとも、御恩うけた殿様の蔭口利いてはなりませぬ。御手討ちにならぬが倖わせな位じゃ。もう言うてはなりませぬ!」
「でも、でも……」
「まだ申しますか!」
「あい、申します! 晴れて添いとげたいゆえに申します。わたくしはともかく、あなた様は八つからお身近く仕《つか》えて、人一倍|御寵愛《ごちょうあい》うけたお気に入りで厶ります。親とも思うて我まませい、とまでお殿様が仰せあった程のそなた様で厶ります。それを、それを、只の御近侍衆のように、不義はお家の法度《はっと》、手討ちじゃと言わぬばかりな血も涙もないお仕打ちは、憎らしゅう厶ります。殿様乍らお憎らしゅう厶ります」
――道弥も、ふいとそのことが思いのうちに湧き上った。思い出せばなる程そうだった。八つの年初めてお目見得に上って、お茶との御所望があったとき、過《あやま》ってお膝の上にこぼしたら、ほほう水撒《みずま》きが上手よ喃《のう》、と仰せられた程の殿である。それからまた十の年に若君のお対手《あいて》となって、お書院で戯むれていたら、二人して予の頭を叩き合いせい、とまで仰せられた程も人としての一面に於て、情味豊な対馬守である。
それだのに、なるほど厳しすぎる
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