陰《いん》にこもって参って、きかぬうちから襟首が寒うなった。離れていては気がのらぬ。来い、来い。みな、もそっと近《ちこ》う参って、ぐるりと丸うなれ」
 ほの暗い書院の中を黒い影が静かに動いて、近侍達は膝のままにじり寄った。濃い謎を包んでいる千之介も、みんなのあとからおどおどとし乍ら膝をすすめた。しかし依然としてしょんぼりとうなだれたままだった。――うなだれつつ、必死とまた声をころして幽《かす》かにすすり泣いた。
「やめろと申すに!」
 言うように林田が慌ててツンと強くその袖を引いて戒《いまし》めた。
 ――たしかに門七は千之介のその秘密を知りつくしているのである。
「ではきこうぞ」
「はっ……」
 しいんと一斉に固唾《かたず》を呑んだ黒い影をそよがせて、真青《まっさお》な月光に染まっている障子の表をさっとひと撫《な》で冷たい夜風が撫でていった。
 そうして黒い六つのその影の中から、しめやかに沈んだ話の声が囁《ささや》くよう伝わった。
「――先年亡くなりました父からきいた話で厶ります。御存じのように父は少しばかり居合斬りを嗜《たしな》みまして厶りまするが、話というのはその居合斬りを習い覚
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