も、有朋は顔さえみせなかった。
 気保養《きほよう》と称して、この三《み》めぐりの女気《おんなけ》のない、るす番のじいやばかりの、この別荘へやって来て、有朋がこんな風にいく日《か》もいく日《か》も、声さえ立てずに暮らすことは、これまでも珍らしいことではなかった。
 そういうときには、部屋も五《い》ツ間《ま》しかないこの別荘のどの部屋に閉じこもっているのか、それすらも分らないほどに、どこかの部屋へ閉じこもったきりで、橋を渡って向う河岸《がし》の亀長《かめちょう》から運んで来る三度三度のお膳さえ、食べているのか呑んでいるのか分らないほどだった。
 しかし、なにかしていることだけはたしかだった。その証拠には、有朋が陸軍中将の服を着て、馬に乗ってこの別荘へやって来て、こうやって三日か五日《いつか》声も立てずに閉じこもって、また長靴を光らしてこの別荘から出て行くと、忘れたころにぽつりぽつりと、どこかの鎮台《ちんだい》の将校の首が飛んで、そのあとへぽつりぽつりとまた一|足飛《そくと》びの新らしい将校の首が生《は》えたり、伸びたりするのがつねだった。
 そういう穴ごもりのあるたびに、いく人かいる食客
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