続き。
もう中日はすぎていたが、団十郎《なりたや》と上方くだりの女形《おやま》、上村吉三郎《うえむらきちさぶろう》の顔合せが珍しいところへ、出しものの狂言そのものが団十郎自作というところから、人気に人気をあおって、まこと文字通り大入り大繁昌でした。
「兄さん、下総の筵《むしろ》芝居とはちと違いましょう?」
「人前で恥をかかすものじゃねえ。下総、下総と大きな声で言や、田舎もののお里が分るじゃねえかよ。それにしても梅甫さん、江戸ってところは、よくよく閑人《ひまじん》の多いところだね」
小芳を真中にして、幕のあくのを待ちながら、三人むつまじく話し合っているところを、
「ちょっとご免やす」
変なところを通る男があればあるものです、すぐそばに花道もあることだし、横には桝目《ますめ》の仕切り板もあることだから、わざわざ三人の真中を割って通らなくてもよさそうなのに、幇間風《たいこもちふう》の男が無遠慮にも小芳の肩を乗りこえて、ひょいと大きく跨ぎながら通り越しました。
咄嗟に首をまげてこちらは避けたが、向うは故意からか、それとも跨ぐはずみからか、その裾がひらりと舞うように小芳の結い立ての髪に触れて、見事に出した小鬢《こびん》をゆらりとくずしたからたまらない。――梅甫の声が咎めるように追いかけました。
「おいおい。ちょっとまてッ」
「へえへえ、毎度ありがとうござりやす」
「白っぱくれたこと言うな。大切な髪をこわして、毎度ありがとうござりやすとは何だよ。貴様、たいこだな」
「左様で。何かそそうを致しましたかい」
「これをみろ。この髪のこわれた奴が分らねえのかよ」
「なるほど。ちっとこわれましたね、しかし、こういう大入り繁昌の人込みなんだからね。こわれてわるい髪なら、兜《かぶと》でもやっていらっしゃることですよ」
「なに! 跨いで通るってことがそもそも間違っているんだ。詫[#「詫」は底本では「詑」と誤植]《あやま》りもしねえでその言い草は何だよ」
「何だ! 何だ!」
声と一緒に、そのときどやどやと立ち上がって、花道向うの鶉《うずら》から飛び出して来たのは、六人ばかりのいかつい大小腰にした木綿袴のひと組です。たいこもちとは同じ連れか、でなくば見知り越しらしい話工合でした。
「何じゃ。三平。こやつら何をしたのじゃ」
「いいえなに、このおめかしさんの髪へ触ったとか触らないとか言ってね
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